「…お姉ちゃん……か。」


1人残されたカフェテラスで、お皿の上に残ったさくらんぼを見つめながら、まだ言い慣れないその言葉を呟いた。


「あいつが誰かを好きになる日が来るなんて


思った以上にきついなぁ、これ。」


大切そうにさくらんぼをつまんで、手のひらで転がす。




校門で凪原先輩を初めて見たとき、これは厄介だなと思った。背が高くて、顔もかっこいい上に、洗練された雰囲気をまとった先輩には何一つ勝てる気がしなかった。
強がって見せたけど内心喧嘩を吹っかけに来たことを後悔していた。


会ったことはなかったけど先輩の名前は、うちの高校のサッカー部でも有名だったから、菜々さんの口から先輩の名前を聞いたときは驚いた。


まさか、自分の姉を悩ませているのがあの先輩だったなんて、と。大切にしてきた姉をとられてしまうことが悔しくて、よりによって完璧な先輩だったから、敵うはずもなく、負け犬の遠吠えのごとく、見せつけるように先輩の前であいつを抱きしめて見せた。 今思うと、本当に子どもじみていて情けない。


でも、それと同じくらい、冷静に見えた凪原先輩の瞳が全力で僕に敵意を向けるのを感じた。


あいつは、先輩に自分の気持ちを受け入れてもらえないことなんて分かりきっていて怖い、なんて言ってたけどそれは絶対ありえないな、と思った。


あの先輩が姉をどう思っているのか、校門での一瞬ですぐに分かってしまった。



あんたに咲希は渡さない


そう言ったけど、僕の意思がどうであろうがあいつがあの人のものになるのは時間の問題だ。





手のひらのさくらんぼは、すっかり熟れて丁度食べ頃だった。

赤くて、艶やかで、その中身は甘酸っぱい。



少し寂しいけど、



…お姉ちゃん。

この呼び方に早く慣れるといいな。





そして名残惜しそうに、ぱくりとさくらんぼを味わった。