凪原に掴まれた部分が徐々に熱を帯びていくのを感じる。
一瞬のことだった。
本当の気持ちを眠っているとはいえども本人に打ち明けてしまったことが恥ずかしくなって、凪原に気づかれぬうちにその場を去ろうとしたそのとき、
腕をぎゅっと引かれ、
振り返った先に、凪原の澄んだ黒い瞳が真っすぐに私を射抜いていた。
2人の間に沈黙が流れる。
先に口火を切ったのは、私だった。
『…離して。』
凪原の顔を見れず、俯いて苗字の文字がにじんだ自分のシューズのつま先をじっと見つめながら低い声で突き放すように言った。
「嫌だ。」
真っすぐな声で凪原が突き返す。
凪原の大きくて綺麗な手がすっぽりと私の腕を包み込む。じんじんとその部分が熱い。
「今離したら、有明にもう二度と会えないような気がするから。」
だから絶対に離さない、そう言って彼はぎゅっと腕を握る力を強めた。それでも私が痛くないように気を使ってくれていることが伝わってくる。
「有明。こっちを向いて。」
そんなことできるはずがない。
だって全て聞かれてしまったのだから。
もう凪原と一緒にはいられない。
まさか、眠っていると思って話した私の懺悔が全て聞かれていたなんて。
恥ずかしくて、消えてしまいたかった。
凪原の無表情の仮面の下を垣間見ることが新鮮で面白くて、いつかその全てを明らかにしたいと、そう意気込んでいた私の方が、いつの間にかその仮面の虜になって、自分の素顔を暴かれてしまったとは。
「…有明。俺を見て。」
決して高圧的ではないのに、有無を言わせないその真っすぐな声に私の視線は足元からゆっくりと上がっていく。
前にもこんなことあったっけ、と思いながらも体が言うことを聞かない。
仮面に魅せられてしまった私は、もうその声に抗うことなんてできやしない。
座ったままの凪原のほっそりした首元まで視線を持ってきた。凪原のあの真っすぐな瞳に射抜かれるのが怖くてぎゅっと目を瞑る。
怖い。
だけど、それと同じくらいその瞳に射抜かれたいと思っている。
やっぱり私は歪んでる。
そして、狂っている。
瞬間、掴まれていた腕を凪原の方に力強く引き寄せられる。
立ちつくしていた私は、かがむような形で座っている凪原の方へ引っ張られ、彼のあの瞳から逃れることができなくなった。
頬が熱を帯びて、赤く赤く染まっていくのをもう誰にも止めることはできなくなっていた
そんな私の反応に凪原が呆気にとられた瞬間に、彼の腕を振りほどいて鞄を引っ掴み逃げ出した。
走っても走っても、頬の熱は収まらない。
もう二度と、あの仮面に魅せられたりなんてしない
もう二度と、誰かに頼ったりなんてしない
もう二度と…
会いたくない、その続きの言葉を飲み込んだ
だってそれは本心じゃない。
これが私が、彼に恋をしてしまった証なんだろう。