職員室なんて、みんなに大嘘をついて、行き場の定まっていない足は気づけばあの旧理科室に向いていた。



足を踏み入れると、ギシッと古びた木の床板が悲鳴をあげる。

重苦しい黒の遮光カーテンのかき分けられた窓ガラスから夏の日差しが、厚い窓ガラスを挟んでゆったりと暗い理科室に差し込んでいる。


夏なのに、暑いどころかひやっとした冷たさを感じさせるのはこの部屋が北向きの立地だからというだけでなく、昼間でさえも不気味なこの雰囲気のせいでもあると思う。



いくつかあるうちの、1番奥の実験机に座り、机の上に上半身を投げ出す形でうなだれる。 黒色の机の表面のひんやりとした感触が頬に心地よい。



無造作に投げ出された髪が顔にかかって視界が遮られ、埃っぽい古びた匂いに包まれながら先程見た文字を頭にもう一度思い浮かべる



1 凪原 司。 そして、その下に続く自分の名前





…悔しかった。 1年生の頃から、彼とは追いつき追い越されの関係で上位を争ってきたが、今回は自分の中でも1番自信のある手応えだったため、その分の期待は大きかった。



順位表を見るまでの間、何度朝陽達以上に見えない神様に祈ったか。


普段は信じていないくせに、都合のいい時だけ頼ってくる私に罰を与えたのか。それがこの結果なのか。



悔しくて、ツツーと涙が伝い、ポトリと黒い机の上に染みを作る。


そんな自分に驚いた。
少し前までは、勝ち負けなんて気にもしていなかったのに、この違いは一体なんだろう。


頰を伝う涙の理由は単純に負けたことへの悔しさだけではないような気がした。

今回のこの試験の結果に、私はもっと別のことをかけていたのだと思う。



「俺は…

有明が悪魔になってくれることを願う」

夕陽にジリジリと照らし出されながら、そう言って薄く笑った彼の笑顔に、私は潜んでいた悪魔をはっきりと見た。

それでも、彼を責める気にはなれなかった。

きっと、私は最初から気づいていたんだ。

もうずっと前から、彼が菜々達と同じ側の世界にいたことを。

それでも、彼の差し伸べた手を掴んだのは、

その悪魔が本当は誰よりも純粋で、綺麗で、優しい心を持っていると知ったから。

その身に葛藤し、

自らの運命を呪い、

それでも誰かに優しくしようと、

誰かを守ろうとしたいという願いは捨てきれない。


その思いを私に向けてくれていたことを私はずっと知っていたんだ。

そして、その優しさを受け入れることが心地よいと思ってしまった。


『悪魔に…なりたい…』

そう口走って、自分の一言にはっとする。

だめだ、凪原に引きずられないではいられない。

私は、今じわじわと引き寄せられている。


そして、私自身も…

それに抗う力を弱めてしまっている。




それもまた悔しくて、行き場のない思いにどうすることもできず、窓からさす光の中を浮かぶ空気中の埃をじっと見つめていた。