着替えて体育館に行くと、体育教師の増田先生が舞台の上からこっちを睨んでいた。
増田先生は怖いことで有名だ。
私は入口で「お願いします」と頭を下げ、靴を履き替えて中に入った。入る時と出る時に挨拶をするのはルールだ。
皆が来て並び終わった時、チャイムが鳴った。危ない危ない。少しでも遅れると増田先生の怒りが爆発してしまう。
相変わらずしかめっ面の増田先生が舞台からジャンプして降りてきた。
「もう少し早く来れるといいですね~」
嫌味ったらしく増田先生が言う。
最初はいつも通りウォーミングアップとして体育館内を3周走らされた。キツ。
「じゃあ、今日もダンスをやるので、チームごとに分かれて練習を開始して下さい」
はぁ…。何で体育でダンスなんかやるんだ。
なによりも、もっとチーム編成を考えて欲しかった。
私はEチームに属していて、メンバーは、私、亜美、梓、愛里、の4人だ。
ほんと、なんてこったって感じだ。
勉強も運動もできる3人は、スクールカーストの頂点に立つ。頂点に立つのは3人の他にもいる。
いつも男子がいる所ではいい顔してるくせに、こういう女子だけのときは団結して私達下級女子に猛威を振るっている。まるで、虎の群れの中に迷い込んだ羊だ。
このダンスの授業では、最終日に皆の前でチームごと発表をする。
曲と振り付けは各チームで話し合って決めるはずだが、このチーム内で私の発言権は無し。
勝手に決められた曲は、激しいヒップホップだった。
運動音痴の私からしたら嫌がらせとしか思えない。まあ、きっとそうなんだろうけど。
それからも、ネチネチと私への嫌がらせは続いた。
「じゃあダメなとこを直すために1人ずつ踊ってみようよ」
亜美が言った。
うわー…マジかよ…
「いいね!じゃあ私からやるね」
梓が立ち上がる。
あ、これ多分私を最後にするつもりだな。
どっちにしろ、否定権も無い私は彼女らの言いなりになるしかないんだけど。
「アズ大丈夫なの?無理しないでね」
「大丈夫!アイ、音楽よろしく!」
了解ッ、と愛里が返事をし、梓が初めの構えをしたのを確認してからラジカセのスイッチを押した。
~♪~♪
嫌に明るいイントロが流れ出した。
梓が怪我をしているとは思えないほどしなやかにリズムに合わせて体を動かしている。
亜美と愛里がいつの間にか手拍子をしていたため、私も控えめに手を叩いた。
にしても、男子がいる時といない時での彼女らの豹変ぶりが恐ろしすぎる。ほんとに。
梓が最後の決めポーズをしたと同時に音楽が止まった。
この最後の決めポーズはひとりひとり違うものになっている。
「アズ~、めっちゃ良かったよ!」
「ほんとー?ありがと!」
「じゃあ次は愛里がやるねッ!」
愛里が真ん中へ行き構える。
今度は梓が音楽を流した。
軽快な音楽に合わせてステップを踏む愛里は、とても楽しそうだった。
そんな調子で亜美も終え、遂に私の番が来た。
振り付けは覚えてはいるけど、絶対に何か言われる。
「じゃー、恋桃ちゃんだね~構えて!」
私は笑顔で応じる。うじうじしてたら何されるかわかんないし。
~♪~♪
軽快なリズムが、今は逆に頭にくる。
私は踊りきることを意識して、必死に身体を動かした。
1、2!3、4!
よしッ、最後の決めポーズッ…!
5、6、7、…
ブチッ!
「えッ?」
決めポーズのワンカウント前、突然音楽が止まった。
ラジカセのほうを見ると、一時停止のスイッチに手を置く梓がいた。
「恋桃ちゃんさぁ、ダンスナメてるよね」
その声は、“2年B組女子学級委員・西村梓”の姿とはかけ離れたものだった。
その隣に座っていた亜美も立ち上がる。
「ウチもそれずっと思ってた。アンタは元々体育の成績良くないからどうでもいいかもしれないけどさぁ、チーム競技ってことで、アンタが怠けるとこっちも迷惑なんだよね」
怠けてなんかないのに、と心の中で反論する。口に出して言ったらタダでは済まされないだろう。それこそがスクールカーストなんだから、仕方ない。
愛里も口を開いた。
「そうだよ。本番来週だけど、愛里たちの成績下がっちゃうから休んでくんない?そんなに愛里たちのことが憎いの?そこまでして成績下げてやりたいって思ってんの?そうならこっちだって先生に相談したりするからね?」
私は俯くしかなかった。
今までの授業のときも散々言われてきたけど、本番が近づいてきたからか今日のは酷い。
しばらくして、増田先生が見回りで近づいてくるのが視界に入った。
その瞬間、3人の表情と声音がガラリと変わる。
「じゃあさ、次は4人で通してみようよ~!」
「いいね~やろやろ!」
「並び順って、左から、アミ、アズ、愛里、恋桃ちゃんだよねー?」
「そうだよ!ウチが端っこ!」
キャピキャピとはしゃぐ彼女達を見て、増田先生が笑いながら話しかけてきた。
「ここはEチーム?楽しそうでいいなぁ!練習は進んでるか?」
「ハーイ!」
梓が元気よく答える。
何も楽しくないよ。
結局その後も先生が離れる度にネチネチ言われ続けただけだった。