佐倉小花の幽愛白書

 
 30間近にして女性との交際経験無し、無趣味で根暗で髪型が地味で気持ちが悪いなどの周りからの嘲笑を聞いているうちに私は自覚したのだ。


自分は異性に好かれない人間なのだと。


だから考えもしなかったのだ、教え子の生徒に好かれる事なんて。


一体彼女は僕のどこに惹かれたのだろうか。


そんな疑問をぶつけてみると、夕陽で淡く照らされる理科準備室内に少しの間沈黙が訪れた。
佐倉小花にしては珍しく、返事の言葉に詰まっているようだ。


「それは、内緒です」


 彼女はそれだけ言うと私から視線を外し俯いてしまった。


これはもしかして照れているのだろうか。それにしたって声も平坦で顔も一切紅潮していないから解り辛い。


「……今日はこれで失礼します。お弁当箱は明日回収しますので」


「美味しかった。洗って返すよ」


「ありがとうございます。明日もまた作ってきますね」


「それはもう結構だ。私は生徒に糧を恵んでもらうほど貧乏では無いからね」


「糧ではなく私の愛を受け取ってください」


「尚更遠慮させてもらうとしよう」


 そう言うと彼女は返事も無く理科準備室を出て行った。


あれは恐らく明日も作ってくる気だろうなと私はビーカーに注がれたコーヒーを一口啜って深いため息を付く。