「沼川さん」
ソフトドリンクの入ったワイングラスを手に、ぼうっと突っ立っていただけの私に背後から声をかけてきたのは、岩崎さんだった。
春川先生とは少し話をしていたけれど、春川先生と話をしたい人は多く、意外とすぐにその場を離れることはできた。春川先生は用事があるようで長居はしないと仰っていたが、今、既に春川先生も拓未も会場内にはいないようだった。
「ごめん。編集長の話が長くて遅くなった」
「はい。大丈夫です」
携帯をスーツの内ポケットにしまいながらそう言った岩崎さんと目を合わせずに返事を返す。
私は、まだ拓未に会ったことで感じた動揺を引きずっているらしい。
「沼川さん、どうかした?」
彼は、そんな私の異変に気付いたのか、心配そうな表情を浮かべて私の顔を覗き込んだ。
「何もないですよ」
私がそう答えると、彼は「そう?」と言ってそれ以上は踏み込んでこなかった。
もう、終わってしまった恋なのに。今、私が好きなのは紛れもなく岩崎さんなのに。私が、終わったはずの恋にこんなにも動揺してしまっていると彼が知ったら、きっと、幻滅するかもしれない。
そんな事を考え始めると、私は彼に言いだすことはできなかった。

