一瞬、眼鏡越しの瞳が大きく開いた。でも、その後、彼の口は柔らかく弧を描き、優しい瞳で私を見た。
あの時と変わっていない、懐かしい表情に、私の胸はひとつ、ふたつと大きく脈を打った。
「お久しぶりです。沼川さん」
まるで何事もなかったかのように、私のもう一つの名前を呼んだ拓未。
今までの事なんてすべて夢だったかのように、知り合いだけれど、まるで他人のように、平然と当たり障りのない挨拶だけを口にした彼に私は少しだけ悔しかった。
「あら、沢木さんのお知り合い?」
春川先生が大きな瞳を更に丸くして拓未を見た。彼は、春川先生の問いに一度頷くと口を開く。
「以前、担当を持たせていただいていた作家さんです」
「初めまして。沼川千草といいます」
少し慌てて頭を下げる。すると、春川先生はにこりと笑い「春川櫻子と申します」と言い頭を下げた。
尊敬している作家さんに会えた喜びに満ち溢れていたはずが、彼の姿を見た瞬間、一瞬にして動揺という感情に飲み込まれた。私は、ただただ、時が過ぎるのを待っていた。

