「君、沢木拓未(さわきたくみ)って、知ってるでしょ?」
「えっ」
彼が出した名前に、私はひどく動揺した。
今、彼の言った沢木拓未というのは、私が作家デビューをしてから初めての担当であり、元彼だ。
「ごめんね。実は、どうして君の担当が沢木さんから吉原さんに変わったのか。君と沢木さんがどういう関係だったのか、知ってて俺は君の担当になった」
「そうだったんですね」
久しぶりに聞いた、懐かしい名前。動揺していることを隠すので精一杯な私は、岩崎さんと目は合わせず返事をした。
「沢木さんの転勤は、婚約が理由じゃない。沢木さんが自ら転勤を希望したんだよね。社内で、沢木さんが担当作家と関係を持っているかも、なんて噂はそれなりに耳にしてたし、結婚した奥さんも東京の人。それなのに自ら転勤を希望した沢木さんに、ちょっと違和感を感じてた」
岩崎さんの言葉ひとつひとつに、胸がぎゅっと締め付けられた。
ああ、そうだったんだ。彼は、自らが希望して私のことを置いて行ったのか。
彼に捨てられていたんだと、突然現実を突きつけられた、あの日。あの時の感覚が蘇ってきた。
「彼が担当を持っていた他の作家さんは何も変わらない中、君だけは、ガラリと作風が変わった。だから何となく、ああ、沼川さんが彼との関係が噂されていた作家さんだったんだろうなって予測ができたし、君に興味ができたから、吉原さんが辞めることになった時、俺が君の担当に立候補した」

