ついに視線を外さずにはいられなくなった私。彼は、そんな私の顔を覗き込むようにして見た。
「何ですか」
冷たく、素っ気なく、可愛げのない返事を返すと、彼は心配そうな表情を浮かべて「泣いてるのかと思った」と言う。
「泣いてないです。大体、今、どこにも泣く理由なんてなかったじゃないですか」
信号が青になったことを確認した彼が、再び車を走らせる。彼は、真っ直ぐ前を見たままで口を開いた。
「あると思うけどな。泣く理由」
「え?」
「実はさ、この間あんなことしたから、今日は怒られるのを覚悟で来たんだよね。まぁ、君は案外普通に話してくれたけど」
変わらない、いつものトーンで話す岩崎さん。
あのキスの話題が出たことに一瞬ドキッとしたけれど、いつもと何も変わらない彼の表情と声に、私は動揺するわけにはいかなかった。
「……もう、キスのひとつやふたつで騒ぎ立てるような歳じゃないですから。あんなこと、全然気にしてないです」
強がって、嘘をつく。
気にしていないなんて、嘘だった。こんなことを気にしてはいけない、という、自分の理想とする大人の像が私の感情に蓋をしようとした。
本当は、あのキスが消えなくて、苦しかった。今だって、彼と目が合うと何故か胸が高鳴るし、あのキスの苦さが蘇る。

