狼陛下と仮初めの王妃



馬はおとなしく待っており、コレットはそのことを褒めて鼻面を撫でた。

その手が小刻みに震えていることに気づき、両手をこすり合わせてなんとか宥める。

陛下にとんでもない粗相をしてしまったことは、彼女にとって、両親を亡くしたのと同じくらいの最悪な出来事。

いや、それ以上かもしれない。

両親の亡骸を目にした時と同じように、ヘナヘナと座り込んで悲しみに暮れたいところだが、今はそうはいかない。

とにかくミルクを城に納めねばならないのだ。

自分に暗示をかけるように『大丈夫、私は平気』と、何度も心の中で唱える。

それでも、身を射貫かれるような鋭い紫色の瞳は目に焼き付いていて離れない。

収まるどころか、時とともに恐怖心が増していった。


「泥棒にあったとは、大変だったなあ。お嬢さん」


不意に横から声をかけられ、気づくとコレットは数人の男女に囲まれていた。


「大丈夫かい?」


商店の人たちだろうか、眉を下げて心配そうに彼女を見ていた。

その中の婦人が「怪我はないの?」と、背中を優しく撫でてくれる。

皆、中年であるニック夫妻と同じくらいの年齢で、『泥棒ー!』という渾身の叫び声を聞いて集まってきたのだという。

人の優しさに触れて孤独感が薄れ、胸の中にぬくもりが広がり、コレットの震えが次第に収まっていった。