狼陛下と仮初めの王妃




自分のほかに足音がしないことに気づいた陛下は、手すりにしがみつき顔面蒼白で震えている彼女を見、少し口角を上げた。


「……まったく。先ほど“急ぐ”と、申したはずだが?」


そう言いながら傍らまで戻った陛下は、青い瞳に浮かぶ涙を親指でそっと拭った。


「ひとりで下りられないならば、そう言え」


陛下がスッと屈んだ瞬間、コレットの体はふわりと宙に浮かんでいた。


「きゃあっ」


急な浮遊感で思わず陛下の肩にしがみついてしまった自分に気づくが、怖くてどうにも手が離せない。

サラサラと揺れる銀の髪と紫の瞳が間近にある。

強い光を宿す綺麗な瞳。その中心に自分が映っているのが分かる。

コレットは恐怖も忘れ、吸い込まれそうな美しさに見惚れてしまっていた。


「君は、本当に世話が焼けるな。そのまましっかりしがみついていろ」


陛下怒っているのか。スタスタと言うよりも駆け下りるといった速さで、階段を下りていく。

くるくると動く景色に目が回りそうになり、陛下も速度も恐ろしく、コレットは声も出せない。

やがて階段を下り切り、そっと床に下ろされた。

くらくらとしている様子の彼女の手を取ると腕に捕まらせ、陛下は歩調を合わせてゆっくりと朝食の席に誘う。