狼陛下と仮初めの王妃




「遅いな」


低く響いた声は冷たく、コレットの背後では、リンダがハッと息をのんでいた。


「大変申し訳ございません。お支度にお時間を取りました」


頭を下げたままのリンダが震える声を出すと、陛下は「そうではない」と言葉をかけ、リンダを部屋に下がらせた。

そして、ふたりきりになったことを確認すると、眉間にしわを寄せて少し首を傾げる。

その表情は、怒っているというよりも、困惑しているように見える。


「君は、硬い廊下であっても、歩くのが遅いのだな」

「あ……申し訳ございません。ヒールの付いた硬い靴は、慣れていないんです」


いつも足にぴったりフィットする柔らかい布の靴だから、革の靴は歩きにくいことこの上ない。

陛下は表情を変えずにふむと鼻を鳴らすと、くるりと背中を向けた。


「予定の時間を大幅に過ぎている、急ぐぞ。君はなるべく早く歩け」

「は、はいっ」


陛下の後について階段まで来たコレットは、ここで愕然とする。

ドレスの裾に隠れて足元が見えないうえに、ヒールが高いせいで体の重心が前にあるので転げ落ちそうになる。

手すりに掴まれば、ふわりと広がっているドレスの裾をうまく上げられない。


いったいどうすればいいのか。

貴族の令嬢方はどうやって階段を下りているのか。

それもこれも全部不慣れなせいだと思えど、コレットはあまりの恐怖から目に涙を浮かべた。

一段下りたはいいが、まったく動けない。