さっきは勢いで啖呵を切ったものの、出来る事なら首は避けたいのが本音だ。この会社でやりたいことはまだたくさんあるし、一年後に営業に戻る約束だってあるのだから。
表情に動揺を見せないよう必死で取り繕いながら、専務が落ち着くのを待つ。
叩いた直後は少し赤くなっていた専務の左頬も、時間の経過とともに、いつの間にか赤みがひいてきていた。
それには心の中で舌打ちをする。所詮、ひ弱な女のビンタ。
痕が残ってくれた方が、色々な憶測を呼んで後々面白かったのに。
「あー、久々にこんなに笑わせてもらった」
目尻の涙を拭いながら、専務が私に笑顔を見せる。
「私も、専務が女に殴られて喜ぶタイプだったとは知りませんでした」
「別に喜んだわけじゃない」
「そうですか? 随分嬉しそうに見えましたけど。あぁ、別に専務の性癖なんて私には興味ないので、大丈夫ですよ」
「だから違う!」
専務は「おかしな噂を広めるな」と釘を刺し、改めて私に向き直る。
「これまで、俺に色目を使う秘書はたくさんいたから、立花のように俺を毛嫌いしている女が珍しくてな」
「女が皆、専務を好きになるなんて思ったら、大間違いです」
「……確かに。まぁ正しくは、俺の若さと専務という肩書きに惹かれる女ってことだろうな」
「それは……」
違うのではないか。そう言いかけてやめた。この男を慰める必要なんて、私にはない。

