女王様は憂鬱(仮)



最寄り駅に到着すると、その駅に乗り入れる路線は全て運転ストップになっていることが分かり、けっきょくタクシーで会社に向かった。

いつもより道路も多少混んでいたものの、自宅を早く出たおかげで、始業二時間前には到着できた。

秘書室がある十七階に向かうため、エレベーター待ちをしていると、後ろから「おはようございます」と声をかけられた。

振り返ると、見知らぬ男が笑顔でこちらを見ている。
誰だろうと考えながら軽く会釈すると、続けてその男は「立花さんですよね?」と私に言った。


「どうして、私の名前を……」


咄嗟に身構えてしまった私を見て、その男は慌てて胸の前で手を振る。


「違いますよ、怪しい人間じゃありません。僕は秘書課に所属する、園原真澄(そのはらますみ)と言います。だから、今日から異動してくるあなたのことを知っていたんですよ」

「秘書課って……あっ!」


私の新しい職場での先輩社員にあたる人だということに気づき、一気に恥ずかしさに包まれた。直ぐさま深々と頭を下げる。


「大変失礼いたしました。私、ものすごく失礼な勘違いを……」

「いいんですよ。悪いのは僕の方ですから。誰だって見知らぬ異性に突然名前を呼ばれれば、驚きますよね。まずは自分が名乗るべきだったと、反省しています」


顔を上げると、少し照れたようにぽりぽりと頬を掻く園原さんの姿が目に入った。
さすがは秘書というべきか、とても落ち着いた雰囲気と丁寧な物言いをされる方だ。

(きっと、営業の同僚たちみたいな、ぶっきらぼうな喋り方はしないんだろうな……)