社長や役員の顔と名前は、社員として当たり前に記憶している。その記憶の中に、年若いあの男はもちろんいない。秘書のイメージはまったく合わないし、人事・総務が妥当なところだろう。


「なんかさ、ドラマ的展開だったら……彼は海外赴任から帰任したばかりの、新しい京香の上司、とかね?」

「やめてよ、そんな不吉な妄想」


あのいけ好かない男が直属の上司だなんて、想像するだけで気分が悪い。上司はやっぱり、人としても尊敬できる人がいい。

営業は個人プレイと思われがちだけれど、最後はやっぱりチームで勝ち取るものだと私は思っている。この不況の中、今の営業部は毎年着実に売り上げを伸ばしている。それは、統率力のある上司のもと、チームが同じ目標に向かって団結できているからだ。

今が最高にいい状態(一部、川北のようなおかしな人間もいるけれど)だということは上層部にも認識されているだろうから、このタイミングで上司を変えるなんてことはまずないだろう。
(うん、絶対にない)

そう自分の中で結論付け安心した私は、何か日本酒でも頼もうとメニューに手を伸ばした。


「……このままじゃ終わらない気がするんだよねぇ……」


清香のそんな不吉な呟きには気づかないふりをし、強いお酒を求めてメニューを開く。
今日は酔いたい気分だった。
あの失礼男の記憶を、きれいさっぱり忘れられるように──…