今思い出しても、あれはかなりの屈辱だ。
散々人を小馬鹿にし、最後に鼻で笑って立ち去った男に──けっきょく私は、何も反撃できなかったのだから。


「……ねぇ、まさかとは思うけど。その相手に何もされなかったから、怒ってるとか?」

「そ、そんなわけないでしょ! そうじゃなくて、あっちがその気になってたくせに、まるで私がそれを望んでるみたいな言い方されたから、腹が立っただけ!!」

「へぇ〜。つまり、京香の方が遊ばれちゃったんだ?」

「だから、違うってば!」


断じて私はあんな男に遊ばれてなどいない。心も身体も、この通り傷一つついていないのだから。


「京香はその男が誰か、本当に知らないの? 超絶美形なんでしょ? それなら、噂になって耳に入りそうなものだけど」

「超絶とは言ってない。その辺にいる普通のイケメンって感じ」

「いや、普通のイケメンって何。だいたい、その辺にイケメンは転がってないから。……そう言えば、その人って年上なの?」

「うーん……たぶん、私よりもちょっと年上な気がするんだけど、同じ本部じゃないことは確か。これまで見かけたことないし、私たちより上のフロアから降りてきたから、たぶん人事とか総務とか、そっちの人間だと思う」


私が属する営業部は、自社ビルの割と上階に配置されている。さらに上にある部署と言えば、人事と総務、秘書室しかなく、最上階には社長室や役員室があるだけだ。