「ソンナ人間モ魂ダケハ美シイ。ダカラ私ハ占イノ代償ニ魂ヲ頂キ、コレクションシテイルノダ」
「たった……それだけ……?」
悪魔の自分勝手すぎる話に割り込んだのはそれまで黙っていた神保だった。
「たったそれだけで人を襲うのかお前は!?」
神保の頭の中で、様々な映像が流れる。
見えない脅威に怯える遠藤佳代子。
病院のベッドで眠り続ける3人の少女の横で涙ぐむその家族達。
大した理由も無くその人達の魂を奪う悪魔の高笑いが神保には許せなかった。
「止せ神保! 感情的になるな」
「答えろ悪魔!」
制止しようとする翡翠の声も届かぬほどに今の神保は興奮している。
そんな神保を見て悪魔はまた高笑いをした。
「愚カナ人間ヨ。何ノ力モ持タズニ私ニ歯向カオウト言ウノカ?」
「力ならここにある!」
まるで誇示するかのように神保は銀銃を突き出し、銃口を悪魔に向ける。
仮にも昔、蔵島翠が使っていた武器だ。多少なりとも悪魔は動揺すると思っていた。
「何ダソレハ? 笑ワセルナ」
悪魔の予想外の反応に神保だけでなく翡翠も驚く。
蔵島翠の名前にはあれだけ怯えていたというのにその人が使っていた武器を知らないなんていう事がありえるのだろうか。
2人にはその疑問について考える時間は無かった。
すぐにでも目の前の悪魔が襲い掛かってきそうな重苦しい雰囲気を纏っていたからだったからだ。
「私ニハ銃ナド効カヌ!」
「張り切るのは勝手だが俺達は何のルール違反もしていない。だからお前は俺達には手出し出来ないぞ」
大仰な口を叩く悪魔に釘を刺す翡翠。
「ルール違反ヲシテイナイダト?」
しかし悪魔は鼻で笑いながら神保の頬を尻尾で打ち付ける。突然の攻撃をモロに受けてしまった神保は背後の壁に叩きつけられて、畳の上に倒れこんだ。
「神保ぉ!!」
「コイツハ確カニルールヲ破ッタゾ。私ニ『それだけの理由で人を襲うのか』トイウ質問ヲシタ」
倒れていた神保は辛うじて気絶する事は無かったが、ダメージは相当なものらしく両足を震わせながら立ち上がる。
「私ガ魂ヲ集メル理由ハ様々ダ。トテモデハナイガ30秒デハ答エラヌ」
そう言って意地悪な笑みを浮かべる悪魔。
返答に30秒以上かかる質問をメリーさんにしてはいけないというルールを神保が破ったというのが悪魔の言い分だった。
神保は再び銃口を悪魔に向けるも、相手は全く怖がっている様子はなくむしろ撃って来いと言わんばかりに両手を広げ堂々とした態度だ。
試しに引き金を引こうとするが、先程と同じくトリガーはびくともしない。
「駄目だ、逃げろ神保ぉ!」
「私ヲ散々弄ンダ貴様ハ魂ヲ抜カズニ肉体ゴト嬲リ殺シテクレヨウ……」
魂を抜いてもまた翡翠に取り戻されてしまうことを悪魔は理解していたので、先に神保の肉体の破壊をする事に決めた。
「オ前ヲ殺シタ後、私ハモウ一度魂ヲ集め続けるぞ。コレクションノ為ニナァ!」
勝手な解釈でルール違反とされた神保目掛けて悪魔が笑いながら突っ込んでいく。
「まだ……人を襲う気か」
自分の命の危機だというのに神保が今考えていたのは名前も知らない赤の他人の事だった。
ここで悪魔を仕留めなければこれから先もメリーさんによる被害は出続けるだろう。
狙いを定め、もう一度引き金を引くがやはり銀銃は何の反応も示さない。
その隙に悪魔は急接近し、両手で神保の首を締め付ける。
「ぐぅ……かぁっ……はッ……!」
「神保!」
悪魔がゆっくりと首を絞める両腕を上げ、神保の体が宙に浮かぶ。
必死で抵抗するも悪魔には肉体が無い為、体に触れることすら出来なかった。
「イイ顔ダ。死ノ恐怖ヲ感ジル人間ノ顔ハ最高ダ」
恍惚の笑みを浮かべる羊の顔を苦しむ神保に見せつけ、更に恐怖を煽る。首を絞める両手が更に力を増し、神保の意識が途切れかかった時だった。
「銀銃を撃て、神保!! もうそれしかない!!」
翡翠が叫んだ。
「守ると約束したんだろう。果たして見せろ!」
首を絞められ、苦しむ神保にはその声が届いているのかは解らなかったが翡翠は必死に呼びかけ続ける。
「無駄ダ。コイツハ死ニ、私ハ忌々シイアノ女ガイナイ世界デ自由ノ身トナル」
そんな2人の様子を悪魔があざ笑う。
「ソノ後デ、オ前達ガ守リタカッタ者ノ魂ヲ奪ッテヤロウ」
その一言に、神保は目を見開き悪魔を睨みつける。
「何ダソノ目ハ?」
「……前……ない……」
「何ダト?」
首を絞められた状態で神保は必死に自分の想いを吐き出す。
「お前なんかに佳代子ちゃんの魂は渡さないって言ったんだ!」
その瞬間、右手に持っていた銀銃が眩い光に包まれ神保の首に触れていた悪魔の両手が爆発でもするかのように消え去った。
「ゲホッ! うぇっ!」
「ギャァアアアッ!」
首締めから開放され、再び畳に足を付けた神保が呻き、両の手を吹き飛ばされた悪魔が悲痛な叫びを上げる。
翡翠は慌てて神保の傍に駆け寄った。
「大丈夫か神保!?」
「ゲホッ……ああ大丈夫だ。しかし一体何が起こったんだ?」
2人は未だに輝き続ける銀銃に視線をやった。
辺りを照らすリボルバー銃を握る神保の体も神々しい光に包まれ、先程悪魔に打たれた左頬の痛みが徐々に消えていく。
触って確かめてみても完全に腫れが引いているのが解った。
「何て銃だ……」
「これがお祖母ちゃんの武器本来の姿なのか……」
武器所有者の自動治癒。
所有者に触れた悪魔の浄化。
最強の武器と呼ばれる所以をありありと見せ付けられた2人はそれぞれ感嘆の声を漏らした。
「……何故ダッ!」
感心しているのも束の間、両手を失くした悪魔が苦悶の表情で2人を睨みつける。
「何故ソノ銃ヲ……銀銃ヲ貴様ガ扱エル!?」
最初にこの銃を見せた時、悪魔はそんな銃は知らないと言っていた。
しかし今はこの銃がかつての蔵島翠の愛銃である事を認識している。
恐らく翠が使っていた時の銀銃は常時光り輝いていたのだろうと翡翠は推測した。
「俺がこいつに持たせたのさ。こいつなら……神保聡介ならば撃てるのではないかと賭けたんだ」
自らが張った賭けに見事に勝利した翡翠が膝を突く悪魔を見下しながら言った。しかし肝心の何故撃てたのかという事については2人共理由は解らないでいた。
「何で急に輝きだしたのかは僕にも解らない」
神保は悪魔に対しても正直に話す。
何故急に使えるようになったのかは自分が知りたいくらいだった。
「一つだけ言えるのは僕がどんな状態になろうと、お前がどれだけ痛々しい姿になろうとも、僕はお前を許さないって事だ!」
「ヌゥウ……オノレェ! ヨウヤク自由ニ動キ回レルヨウニナッタノダ!!」
背中に生えた羽を羽ばたかせ、悪魔は再び宙に浮かび上がる。
そしてそのまま神保と翡翠の2人を忌々しげに見下した。
「貴様ラナンゾニ! 悪魔ノ私ガ……!」
「諦めろ。お前の負けだ」
翡翠は勝ち誇り、神保は銀銃のトリガーに人差し指をかける。
神保は感覚的に確信した。今ならこのトリガーは容易く引くことが出来ると。
「悪魔ノ私ガ……人間ニ負ケル筈ガ無イノダァアアアアアアッ!!」
尻尾を振り回し、勢いを付けて悪魔は再び神保の顔面目掛けて鞭のように撓らせた尾を打ちつける。
「無駄だ……」
小さな声で翡翠が呟く。
悪魔の尾は神保の頬に触れた瞬間に宙で分解し、神保を吹き飛ばすどころか眉根一つ動かす事もできずに消え去った。
「ギェエエエエ! オノレ忌々シイ銃メ!」
両手と尻尾を失い、何も出来ずに憎憎しげにこちらを睨みつける悪魔が弱ってきている事は誰の目にも明らかだ。
神保は止めを刺すためにゆっくりと銃口を悪魔に向ける。
「殺シテヤル!! 貴様等ダケハ!!」
「殺されるのは僕達か、それともお前か占ってみたらどうだ?」
「ホザケェエエエエエェッ!!」
最後の悪あがきか翼を羽ばたかせた悪魔が正面から突っ込んできた。
「守ってみせろ! 銀銃!!」
神保は叫ぶと同時に銀銃のトリガーを引いた。
○
そこで神保は夢から覚め、目を開いて体を起こす。
「何てリアルな夢だ」
枕元に置かれたスマホを見ると自分が布団に入ってからまだ10分ほどしか経っていなかった。
夢の中ではほぼ丸一日過ごしていたので体が妙な感覚になっているのを感じる神保。
スマホをズボンのポケットに突っ込み暫く呆然としていると、畳の上に置いていたスーツの上着が無くなっている事に気付いたが、翡翠が違う部屋で預かってくれているのだろうとあまり気にも留めなかった。
ふと布団の横に置かれた銀銃を不意に目が捉える。
おもむろにホルスターを手に取り、銃を抜き出すと神保はトリガー部分に右手の人差し指をかけた。
力を入れてみてもやはり引き金はびくともしない。
「何故なんだ……?」
何度も、何度も人差し指に力を込めるが銀銃は反応しなかった。
神保は所有者の言う事を聞かない銀銃に段々と苛立ちを覚える。
「さっき、お前がちゃんと撃てれば……翡翠も危ない目に遭わなかった」
自分が何も出来なかったグールとの戦闘を思い出し、物言わぬ銃に恨み言を吐く神保。
鏡のように美しく磨かれた銀銃に険しい自分の表情が写りこむ。
「何がかつて蔵島翠が使っていた武器だ……! 撃てなきゃ誰一人救えないじゃないか」
グリップを強く握り締めた右手が小刻みに震えた。
「何が最強の武器だ! こんなもの!!」
銀銃を投げ捨てようと振り上げた手が途中で止まる。
それと同時に神保は自分が情けなくなった。
「……銃のせいじゃない」
大きくため息を吐いた神保は再び銀銃を自分の顔の前まで持ってきて、バレルに写りこむ自信の顔をまじまじと眺める。
「解っている。悪いのは僕だ」
人間と同じ形をしたグール相手に戦う心が挫けてしまった。
被害者の無念を晴らしたい、これ以上の被害を抑えたいと抜かしながらグールに半端な同情心を抱いてしまった。
「情けない……!」
神保はそれ以上自分の顔を見続けることが出来ず、銃を下ろす。
門の前で翡翠が言っていた、今回何故自分が撃てなかったかという理由を神保もようやく理解する。
自分の心が中途半端だからだ。
甘さを捨て切れなかった結果、友人を危険な目に遭わせ自身はグールに右腕の肉を齧りとられてしまった。
頭の中で反省を続けていると神保はある違和感に襲われ左手で右腕の包帯の位置に手を当てる。