「トオルさんは、もっと私に一流になれって教えてくれただけです。
今の会社で働くには、今までの価値観は全て捨てた方がいいって…」
舞衣はそう言うと、雑巾がけを怒られた時の凹んだ気持ちが甦ってきた。
いい事をしたと自信を持って言える事を、怒られるなんて思わなかったから。
凪はそんなクルクル変わる舞衣の表情をずっと見ていた。
確実に、今でもまだ落ち込んでいるのが分かる。
「何をしてたの?」
凪は窓の外の夜景から目を離さずにそう聞いた。
「いや…… いいです…
多分、ハイスペックな人達と、私みたいな一般庶民の感覚は、全然違うんです。
きっと、凪さんに言っても、分からないと思うので…」
舞衣は下を向いた。
トオルのように呆れた顔をされたら、舞衣はきっと立ち直れない。
「いい事をしたんだろ?」
凪は優しく舞衣にそう問いかけた。
俺はうさ子を守るよと目がそう言っている。
舞衣は、ワインのせいもあるのか、涙がこみ上げた。
「雑巾がけをしていただけなんです…
雑巾がけというのは、皆、あまりしたがりません…
私はバイトでも、他の人達より失敗することが多くて、だから、挽回する意味も含めて、受付のカウンターや入口の窓ガラスを、時間が空いた時はいつも拭き掃除をしてきました。
バイト先の鬼店長もその時はいつも私を褒めてくれました……」



