「あれ、木村は?」

放課後、日直の仕事をしていると 先生に声をかけられた。

「あー……、なんか 帰っちゃいました。

"用事がある" とか 言って。」

ついさっき、帰っていった。

本当、ついさっき。

先生が教室に帰ってくる数分前。

それまでは、教室で 木村さんと2人きりだった。

俺が日直日誌を書いていると 黒板掃除も半ばに俺の隣の席に腰掛けて話しかけてきたんだ。

他愛もない話。

『ねぇ、これから "修羅" って呼んでいい⁇』

名簿が前後、ということもあって それなりに喋る女子生徒。

確か、去年も同じクラスだった。

『うん、いいよ。』

すると、顔をパアッと輝かせたんだ。

今日の授業中に面白かった話をしていると、急に

『千花、修羅のことが好きなんだって。』

というタレコミを流してきた。

『木村さんがいつも一緒に居る子だったっけ⁇』

"うん" と小さく頷く。

『どう思う⁇』

"どう思う⁇" って聞かれてもなぁ……。

『クラスメイト、としか 思ってないかな。』

『そうだよね、修羅は私くらいとしか喋らないもんね。』

『そうだね。』

日誌を書き終え、席を立つ。

『待って!』

手を握られた。

『私のことは⁇』

『親しいクラスメイトだと思ってる。』

『好きじゃない⁇』

初めて 彼女の顔を見たような気さえした。

少なくとも、このような表情の彼女を見たのは初めてのことだった。

これが "恋する乙女" の顔だ、と言われたなら 俺は疑うこともなく 信じただろう。

『そういう感情はない、かな……』

『そっか……』

2人の間に流れる静寂。

これほど 気まずいものは 今までに何一つなかった。

何かテキトーな話題でも振ろうと口を開こうとした時、彼女の眼からは 透明で綺麗な雫が溢れでてきた。

思わず、その口を噤んだ。

もしかすると、手が触れる距離の彼女にも聞こえないくらいの声で "ごめん" と言ったかもしれない。

『ごめん。』

俺には彼女の声しか聞こえなかった。

『ごめんね、本当ごめん……』

制服の袖口で眼を擦る彼女。

『目は擦らないほうがいいよ。』

とその手首を掴んだけれど、直ぐに振り払われてしまった。

『……ごめん、……あっ、私 今日 用事があったんだよね!帰るね!』

鞄を手に取ると 逃げ去るように教室から出て行ってしまった。