私が近づいたら離れなきゃって本能が働いたのかもはや条件反射なのか。


「あれ、碧音君寝不足?」


よくよく見れば端正なお顔の綺麗な瞳の下に、薄っすら隈が。


「楽譜の直し、ずっとしてたから」


「合宿のときのやつにまだ修正加えてるんだ」


「最後までやれるだけやる」


「でもその前に体調崩したらダメだよ?」


いつも周りに警戒してて気を張ってる碧音君が今日はスキをみせてるあたり、ゆっくり休んでないのかも。


「お前に心配されなくても平気」


「心配されないようにちゃんと休んでね」


釘をさすと、そっぽを向きつつ『分かった』と返事をしてくれた。それでよし。


玄関で靴を履き替えて碧音君と階段を上っていると、あちこちから小声で『きゃっ、刹那君だ』『今日も美しい……!』と聞こえてくる。


本人は気にしてないみたいだけど、私はいたたまれなくなって少しペースを緩めて後ろを歩くようにした。


でも。


「何してんの」


「い、いやー碧音君の後ろ姿を眺めながら歩くのもアリだなって」


「は?隣にくれば」


心底分からないって顔でそう言われる。


会ったばかりの頃だったら絶対ついてくんなって言われてたのに。


碧音君にとっては特に意味のない、何気ない行動だとしてもつい嬉しくて、単純な自分はまた隣に並んでしまう。


そのまま教室が分かれるところまで一緒に行って、背を向けた。


顔が熱いのは、多分、夏のせいだけじゃない。