僕にはもう鮮やかな絵は描けない。そして見えない。
鮮明に思い出せるのはいつも黒く塗りつぶされた絵の存在だけで、僕が好んで使っていた赤も海のコバルトブルーもどうやって描いていたのか思い出せなくなってしまっている。
もう目を背けるしかない、思い出したくない思い出に僕は目を閉じた。
「見てこれ、お母さんが描いたやつなの」
そして彼女が母親の描いた絵を見せようとした瞬間、僕は顔をそむけた。
「どうしたの?」
彼女が心配そうにかけてくる声に振り向きはせず「あんまり絵は好きじゃない」とだけ答えると後ろで彼女がスケッチブックを置いたような音がした。
僕は顔を元に戻す。
そして言った。
「絵にはいい思い出がないんだ」
「そう……なのね」
珍しく何かを察した彼女は無理に絵を見せようとはしてこなかった。
しかし、彼女のどこか抜けた性格は健在で「じゃあ描くのはどう?」なんて言って、リュックの中から色鉛筆を取り出した。
そういう問題じゃ、ないだろ……。
「だからさ、絵は……」
「お母さんは絵が上手だったんだけど、残念ながら私はお父さんに似て絵が下手なの。だからキミはどうかなあって思ってさ」


