「ムカつくんだよな、何様だよ」

 聞き慣れた声の主が発するとは思えない内容の言葉に、真横に立っているケンジの表情を見上げる。
 いつもの冗談とは目が違う、どういう意図だ?

「何か言い返しなよ、俺に謝る事あるんじゃないのか?」

「僕がケンジに何かしたの?」

 机に乱暴にゲンコツを叩きつけて、怒りの感情を声の大きさに変換した様に口を大きく開け、僕の服を掴んだ。

「さっきのハートブレイクさ! アイスピックに刺されるのは俺のはずだったのに、聖人気取って助けるなよ! 何の為に俺と彩子が来てるんだよ、もうハッキリ言って俺と彩子はレベルについてこれなくなってる、あんな事されて俺はどうすればいいんだよ!」

 余りの迫力につられて、立ち上がりケンジの服を力一杯掴み返す。

「落ち着けよケンジ! まず座れ! 座れって言ってんだよ!」

 彩子が何か叫んでるのが聞こえたが、もう頭には入ってこない。ケンジは僕を掴んだまま、力任せに僕の背中を机に叩きつけてくる。
 机から落ちる食器が音を立てても、緩まない力が更に興奮を煽る。
 振り上げた手が見えた瞬間、一瞬視界が黒くなった。

「何で殴るのよ! やめなさい! ケンジももういいでしょ? 運営スーツも止めなさいよ!」

 息を荒ぶるケンジの振り上げたままの手にしがみつく彩子がようやく目に入った。

「これはハートブレイクとは関係ないので」

 運営スーツを睨む彩子だが、すぐにケンジの背後から服を引っ張り引き離そうとする。

「どけ彩子! アイスピックの痛さ分ぶん殴る!」

「言ってる事めちゃくちゃよ! あんた何してるかわかってんの?」

 頬を抑えたあたりは熱く、温度を感じた。
 それはこの状況でドン底まで落ちたくらい冷静になる自分を、見つめられる程に。

「もういいよ、反省してるから上行って寝ろよ」

「俺はもう優くんとは組まない」

「ああ」

 数秒時間が止まった感覚がこの場を独占した後、上の方から拍手が聞こえた。

「おめでとう、仲間割れか? お前らもう次は勝てないな。俺は嬉しいよお、もっとやれ」

 モヒカンがどんな顔してるのかも解るし、構ってもいられない。
 下を俯いて、自分が何をしていたかじわじわ実感が出てくる。

「俺はモヒカンと組む、そっちは2人でやりなよ」

「はぁ!? 茶髪なんかいらねえよ、バラバラでいいじゃねえか」

『カチャ』

 玄関のドアノブが音を立て、ゆっくりと冷えた風が入ってくるのと共に開いていく。

 スーツを着た舞踏会仮面が3人。ついに運営と直線対決か? 何もこんな時に、それともまた思いもよらない事か!?

「吹雪の影響でお相手側は、到着が遅れます。各自必要そうな物を持って来ました、受け取って下さい」

 ドタドタと階段を降りて走って鞄を取りに行くモヒカン。

「俺のは? ビールはあるんだろうな!?」

「二次ステージに持ち込んだ物と同じ物、同じ量をお持ちしました」

 モヒカンは頭を抑えてすぐ運営スーツの肩を掴む。

「なあ、五本で足りる訳ないだろう? 生活に必要な物なんだろ? あとせめて五本! ついでにツマミも!」

 黙ってその横を通り彩子が2人ぶん荷物を受け取り、僕の足元に鞄を無言で置いてくれた。
 ケンジが僕の目を睨むので、睨み返すとすぐケンジも荷物を受け取りに行く。

「長島様の荷物が1番大変でした、お使い下さい」

 運営スーツの胸ぐらを掴んでいたいたモヒカンは、ケンジのバカでかい荷物を見て大きく口を開けて少し固まる。

「おい茶髪ぅ! それ全部お前1人のか? 酒あるか?」

「ある、20本はあるはず。お菓子、ツマミ。ほとんど食いもんさ。仲間にしてくれたらあげる」

「なる! お前最高だぜ! 早速上で宴会ミーティングだ」

 10分も立たない内に上から笑い声が聞こえて、心が冷たく固まるようだった。
 さっきの事がなければ今頃四人で……とは考えたくなかった。