後ろで騒いでいる2人から少し離れてケータイを耳に当てると、酒の酔いが緊張の息と共に消えた。

「参加希望ありがとうございます、明日の午前9時にて、○○○店のハンバーガーショップに来てください」

「わかった、今日はもう電話はしてこないで。用があるならメールにしてくれ」

「では失礼します」

 もう電話がきたか、明日の9時から次のステージ? 早すぎる、運営は何を焦っているんだ。

「優くん次はカラオケ行こうよ! 絶対彩子下手くそだよ」

「ケンジはお金持ってないでしょうが! 優君2人で行きましょ」

 ケータイをポケットにしまい、笑顔を2回作り直して後ろを振り向く。

「駄目だ酔い過ぎたみたい。今日はごめん。打ち上げありがとう、先に帰るよ」

 2人から笑顔が消えた。どうせどんな顔や言い訳を作ってもごまかせるはずないか。

「いつ? 今から?」

 このケンジの低い声と真剣な顔は明日ついてきかねないな、彩子もきっと来てしまう。

「明日、日取りを教えてくれるそうだ、解ったら連絡する」

 腕を組んだ彩子は切れ目の鋭い眼光で睨んでくるが、無言のままだ。「じゃあ」と手を振ると、そのまま振り返らずに電車に乗り込んだ。

 揺れる電車の中は不安だらけで、このまま奴隷船でも乗せられるんじゃないかと妄想させられる程だ。
 最寄り駅について、ホームを出てから部屋までの見慣れた道でようやく落ち着いてきた。

 炬燵に入りタバコを吸うが猛烈な睡魔に気絶しそうになる。すぐ火を消して朝7時に目覚ましをかけた。

 明日9時に、ハンバーガーショップ。なんでピープルがいる所で? 安心出来そうな場所なだけに運営の腹が読めない。

 モヒカンより強いやつがこの先何人も出てきたら、勝ち続ける自信なんて全くない。
 炬燵に足を伸ばしてそのまま、ダウンだけ脱ぐと、すぐ後ろにある布団に転がる。
 運営、100万円、黒幕、アプリ……何も解らないままか。

 段々深い思考に行く事ができなくなり、熟睡ができる予感がする。寝るのが1番か、このまま睡魔に身体を委ねよう。聴覚が音を感知するのが鈍くなって行き、そのまま意識は完全に断たれた。


 ケータイが鳴り、目を閉じたまま意識がゆっくりと目を覚ます。身体が軽い、頭もスッキリしている。
 ケータイの目覚ましを切ると、身体から微かに汗の臭いがして気持ち悪い。
 寝汗でベットリなシャツを摘まんで洗濯機に放り投げるとシャワーに向かう。

 あと数時間後にはハートブレイクしているかもしれないのか。いつまで続くんだ。
 泡と一緒に流れるぬるめのお湯が永遠と流れて行くのが目に入ると、心臓の鼓動が早くなっていくのを直接頭に訴える。

 泡を全て流し終えると、蛇口を捻り永遠だった流れを止める。
 髪から滴る液体が音を立てて落ちる音を暫く無心で聞く、シャワーを出たらまたあの世界。

「行くか」

 着替えて髪を乾かして、ダウンを羽織ると外に出る。
 ツンとした寒さが一瞬で体温を奪っていく気がして大きく息を吐き、白い塊が風に消えて行くのを見上げた。


 急がないと遅れる、早足でタクシーを捕まえて9時5分前に到着した。何の変哲もない普通のファーストフード店。
 仕掛けも、運営の者らしき人間が見張ってる様子もない。
 中に仕掛けがあるのか?

 周りの人間を観察しながら入店すると、店員がおじぎをして「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。

 一階には、サラリーマンらしきスーツ個人が2人、制服を着た学生グループが3人。駄目だ、全員怪しく見える。

 とりあえず朝飯でも食べながら連絡を待つか。

「あの、お持ち帰りですか? 店内でお召し上がりですか?」

 僕が1番怪しいか、目立っても仕方ない。

「あ、すいません。えとハンバーガーセット。珈琲ホットで」

 「あの人二階行く気だよ、馬鹿じゃん」

階段を上がる前に後ろから女子高生の声が聞こえる。やっぱり何かある……。絶対よくない事が。
あれ? 二階の席は人がいない、不自然だな、ここで待てって事か。

 どこの席がいいのか見渡していると突然背後から衝撃的な言葉が僕を固まらさせた。

「ハートブレイク」

 店内の音楽で足音が聞こえなかった、もう始まるのか。説明も無しに。
 ゆっくりと後ろを振り返ると更なるサプライズが身体を固めさせられた。

「なんだよ。受けるのか? 受けないのか?」

 モヒカンが、ハンバーガーセットを持って立っていた。

「ゲームはもう終わっただろ? お前もここで朝飯?」

 すぐ横の椅子に座り、モヒカンがハンバーガーの袋を開け始める。
 ケータイを確認してもアプリは起動していない。まだゲームは始まっていないのか? なんでここにモヒカンが。
 黙って相席するが、モヒカンに攻撃的な様子はなく、黙々とハンバーガーを口に運んでいる。

「なんでここにモヒカンがいるんだ?」

 ピク、と動きを止めて下を向いたままモヒカンは口を開く。

「毎朝この時間で朝飯食うのが俺の習慣なの。通い出してからこの時間は貸し切り状態なのが気に入ってな。逆になんで渡辺がいるんだよ」

「アプリに呼び出されたんだ、お前は違うのか?」

「あぁ? アプリ? 知らねーよ。優勝したのはお前だろ。こっちは借金をどうするか悩むだけよ」

 ハンバーガーを全て詰め込んだモヒカンは、ストローでストロベリードリンクを飲み始める。

「待て、変だ。あれは地区大会で次のステージにアプリからここに呼ばれたんだ。明らかにモヒカンと会わされている」

「地区予選? まだ続きがあるのか? 俺が何で関係してくるんだよ」

 飲み干したカップを握り潰すモヒカンからは怒りが感じられる。それよりどういう事なんだ。

『ヴヴヴヴヴ』

 ケータイがバイブレーションが突如暴れる。心臓が破裂するかと思うタイミング。ポケットに目をやると、モヒカンも同じ仕草をシンクロさせた。

 同時に鳴っている……。机にケータイを出すと、モヒカンも同じ行動を取る。スピーカーにしてほぼ同時にモヒカンと通話ボタンをタップする。

 二つのケータイがハモりながらあのボーカロイドが出現して喋り出した。

「揃いましたね。東京地区予選の1位と2位が。この2人にはもう拒否権がないとして説明を聞いて下さい」

 モヒカンの顔が苦痛の表情の様に歪む、無理もない。無茶苦茶だ、何もかも。

「まず東京代表として四人必要です、各自それぞれ1人指名して下さい。あ、ピープルでも構いませんよ?」

 四人!? 代表? 1人ずつ指名? やりたがる奴なんているわけないだろ。

「ん? ないなら最後まで残った四人に強制的になりますが」

「ちょっと待てよ、いくらなんでも無茶苦茶だ! 古市くんはまだ高校生だぞ!」

「おい、俺もまた参加できるのか!?」

 モヒカンはケータイを持ち口に近づけて怒号を放つ。

「モヒカンさんのほうが、話しが早そうですねえ。そうですモヒカンさんは強制参加です。1人選んで下さい」

「俺はまた参加出来るなら誰でもいいぜ。そうか嬉しいぜ」

 モヒカンの目に殺意に似た鋭さが戻るのが見える。またモヒカンとやらないといけないのか!?

「では、渡辺様は決められない様なので準決勝の四人で決めます」

「待て! 待ってくれ! ケンジが入ってるならモヒカンの指名にして、後1人は僕に選ばさしてくれ」

「いいですよ。では、もう1人の指名をお願いします。10秒で決めて下さい」

 電話で確認している暇はない、古市くんは絶対に巻き込めない。彩子を巻き込むしかないのか? くそ!
 拳を強く握り、思考を早送りして結論を導き出す。

「早くしろや、渡辺。どうせ誰がきても一緒だ、次は必ず俺が優勝する」

「3…2…」

「彩子だ! ……女社長の彩子を指名する」

 どんなに考えてもこれしか結論が出てこない。畜生!
 ボーカロイドはニヤニヤと笑顔になる。

「決まりましたね。では渡辺優様、山本慎吾様、長島賢次様、中野彩子様の四人に決まりです。メールで詳しい場所をお伝えするので今からすぐ、四人揃って京都に移動して下さい」

「今から? 京都だと!? 一緒じゃないと駄目なのか? あの3人組となんて嫌に決まってんだろ! ふざけんな殺すぞ!」

「……では失礼します」

 絶句したモヒカンが固まるのを合図にアプリの通話が二つ同時に切れる。

 最悪だ、モヒカンと一緒。しかも彩子とケンジを巻き込む事になってしまった。もう引けない……か。他の道を探すより素直に従って早く動くしかないな。

「モヒカン、とりあえずケンジと彩子をここに呼ぶよ」

「なんなんだよ、このクソアプリが!」

 モヒカンは握り潰したカップを震わせた。

 重い空気の中、2人に電話をかけて出来るだけ早く来てもらう様に伝えた。内容は会って話すしかない。