「おはよう。」
「うん…おはよ…」
いつも通りの朝だった。冬のよく晴れた空から、眩しい光が部屋に射し込む。
私はいつも通り、彼の挨拶で目を覚ます。
「寒いね。布団から出たくないないなあ。」
あっさりと二度寝体勢に入る私の手を、彼が布団の中から引っ張り出した。
「駄目だよ、今日は起きて。」
彼にしては珍しく、強めの口調。
そこで、私は少し首を傾げる。

「あれ?今、手、見えてた?」

彼は、目が見えない。
強い光なら認識できるらしいが、それも遮る影で物があるのかどうかがわかる程度。今日のような眩しい朝の日でも布団に潜った手を影だけで掴むのは無理のはずだ。それなのに、彼は探る様子もなく私の手を取っていた。
「うん、見えるみたいだ。」
彼は当然のように、でも少し嬉しそうに頬を染めながら答えた。
生まれつきの障害で見えたことはない、と聞いていた。治療の余地も無いらしく、次の診察はまだあと2週間先だ。つまり、昨日特別な治療を施したわけでもない。けれど、いきなり見えていた、ということになる。
寝起きである私の頭の中は混乱ぎみだ。
「見えるの?本当に?」
彼が嘘をつくはずはないとわかっていても、思わず聞き返してしまう。
彼は頷いて、「確かめてみる?」と顔を寄せてきた。その瞳を覗きこむ。
人より闇が濃い彼の瞳には確かに、朝の光と私の姿がある。

出会って、初めて、
彼が私を見た。

「信じてくれた?」
「…!ちょっと待って!」
私は慌ててそっぽを向いて、何事かと覗こうとする彼を手で押し返す。すると、尖った声で彼がふくれる。
「なんだよ、信じてくれないのかよー。」
「いやっ、違っ、信じるけど!」
信じるからこそ、向き直るわけにはいかない。
「顔見せてよ。」
「嫌だ。」
「なんで?」
「……だって、私、寝起きで」
「うん。」
「だから髪の毛もぼさぼさで、メイクもしてないし、服装だって寝巻きだし…」
「うん?」
「…初めて彼氏に見てもらうのに」
よりにもよって、こんな格好してるなんて。
「はははっ!」
理由を察した彼が吹き出す。その反応に思わず振り返る。
「ちょっと!なんで笑うの!?」
「いや、そんなこと気にするのかと思って。どんな格好でも今更嫌いになるわけないのにさ。」
振り向けば彼が布団の脇で笑いを必死に堪えてた。私は顔を赤らめて、口を尖らす。
「そうだけど…初めて彼氏に見せるときくらいおめかししたいのが乙女心なの!」
言っているうちに余計切なくなって、いてもたってもいられない。
「ふーん。わからないね、乙女心。」
と笑った彼は、また私の手を強く引いて、今度は腕の中に招く。
「可愛いよ?初めて見たけど」
そこで言葉を切った彼がじっと私を見つめる。

「そっか。これが俺の愛する彼女だね。」

優しい声で呟く彼の腕の中で、私は泣きそうになって彼に抱きつく。
「ちゃんとしたら、もっと可愛いもん…。」
「貴重なぼさぼさ頭なんだ?見れてよかったあ。」
軽く笑って彼が茶化す。「そうかも。」と私も笑って返した。

…ああ、夢みたい。

私は心の奥で思う。
こんな呟きも口に出してしまえば、夢が終わってしまいそうで怖かった。
どうか、もう少し夢を見ていたい。
そう願って、私は彼に見えないようにしながら、たまった涙をぬぐった。