子うさぎの十兵衛は、自分が月から落ちてきたものだと信じてやまない。
「月で生まれてたときのことは覚えてないんだ。たぶん、落ちてきたときに忘れちゃったんだろうな」
 そう話す十兵衛を篭目町の動物たちは誰も否定しない。
「なるほどね。月ほど高けりゃ記憶も無くすさ」
「記憶だけで済んでよかった、よかった」
 嫌味が好きな双子スズメのチックとメダルでさえ、彼をいじめようとは思わない。
 十兵衛がそんな生い立ちを語るのにも、もちろんワケがある。
 彼の一番古い記憶は、篭目町に流れる天手川の河川敷だ。
 背の高いススキの穂が辺り一面、見渡す限りに広がっていて、その風景を見事なまでの黄金色に染めていた。風に揺れると河川敷全体がサラサラと音を立て、広い台地にどこまでも響く。
 十兵衛は、そのススキの音で目が覚めた。小さな十兵衛はススキの穂に囲まれているから、自分がどこにいるのかわからなかったが、一人ぼっちだということはすぐにわかった。