メジャースプーンをあげよう


「睦月さん。お待ちしておりました」

 フロア53。
 レストラン『Grazie tante!』。
 モノクロを基調としたシックな店構えと、入り口傍にいるウェイターの凛とした立ち姿に既に気がひけてきた。
 しかもそのウェイターが声を掛けてきたものだから色々とキャパオーバー寸前だ。
 綺麗に折り目のついたベストの若いウェイターに穏やかに対応する睦月さんからは、仕事で会う少し厳しい空気がまったくなくなっている。

「こんばんは」
「ご予約ありがとうございます。奥になりますね」
「急なことで申し訳ありません」
「いいえ。来て頂くよう上からも何度か言われておりましたので」

(上からも……?)

 全然見えないふたりの会話に、ひとまず少し離れたところで待つことにした。
 少しの間話を続けたあと、ウェイターと睦月さんは同時にこっちを向く。

「いつきさん、こちらへ」
「お連れ様もどうぞこちらへ」

 しかも同時に呼ばれて思わず背筋がピンとなる。
 お店の名前からしてイタリアンなのはわかるけど、こんなにちゃんとしたお店は初めてだ。
 いい年してっていうのもあるけど、気が引けちゃうから食べに来ようと思ったことすらなかったから。

「し、失礼します……」
「いつきさんと仰るのですね。可愛らしい方ですねえ」
「はっ?」

(かかか可愛らしい!?)

 どう見ても私と同じかそれより年下のウェイターにそんな風に言われて、どう返すかなんてテクニックを持ち合わせていない。

(上坂くんといいこの子といい、最近の若い子はどうなってんの…)

「睦月さんもやりますね」
「君はお客様をあんまり困らせないでください。お世話になっている方です」

 やんわりとたしなめる睦月さんを前に、変に意識した自分がさらに恥ずかしくなる。