メジャースプーンをあげよう


「あの睦月さん、上階って」

(せめてフロア6か7のレストランだと思ってたんだけど)

 すでにエレベーターの前に立ち止まった睦月さんに、わかりきったことを聞く。
 ここまで来てわかりきってるけど、でも一応聞く。
 睦月さんはきっちりと私を振り向いて、端正な顔を少しだけかたむけた。

「フロア53に向かいます」
「えっ」
「え?」

 ちょうど例の節だけ太い指をのばした睦月さんはエレベーターボタンを押したところで、驚いたように動きがそこで止まる。

「フロア53ってあの、話題の」
「話題なんですか?」

 話題なんてものじゃない。
 夜景がきれいだから絶好のデートスポットだとか、オーナー自らが出向いてスカウトしてきた腕利きの料理人が集まっているだとか、男の勝負デートはここだとか、とにかくビルがオープンした時たくさん見た。
 去年のクリスマスイブも秋には予約が埋まっていたっていう、伝説の。

(初めての食事には敷居高すぎ!!)

「……キャンセルも出来ますよ」

 いつの間にか開いていたエレベーターを前に、睦月さんが静かに口を開いた。
 残念そうに見えたのは私の勘違いかどうかはともかく、ここで引いてはせっかくお話する機会を逃してしまうってことだけは現実だ。
 何よりその店を選んでくれた睦月さんの顔に泥を塗ってしまうかもしれない。

「すみませんびっくりしただけです、行かせていただきます!」
「いえいえ、そんなに気合いれなくても結構ですよ?」

 苦笑気味にエレベーターへとエスコートしてくれた睦月さんを横目に、ドレスコードとかあったらどうしよう―――そんな不安と一緒に乗り込んだ。