メジャースプーンをあげよう


 す、と細く息を吸う音がする。
 上坂くんが自分を落ち着かせようとしていた。

(今のうちに)

 私は急いで睦月さんへ踏み出しかけていた上坂くんの前に立ち、頭を大きく下げた。

「ちょ、いつきちゃ」

 上坂くんは違う意味に捉えたらしく慌てて肩を掴む。
 でも違う。私は上坂くんの態度を睦月さんに謝ったわけじゃない。

「では睦月さん、失礼します」
「え、あ、ああ……」
「お疲れさまでした」

 顔を上げて挨拶をすると、未だ睦月さんに噛みつくような視線を向けたままの上坂くんを引っぱって先へ進んだ。
 ワンテンポ遅れて背中から「お疲れさまでした」と声が聞こえてきたけど、今は振り返ってもう1度会釈をする余裕すらない。
 今はただ、上坂くんを睦月さんから離した方がいい。

「いつきちゃ、イテテテテ」

 最寄駅が見えてきたあたりで上坂くんの悲鳴が聞こえた。