メジャースプーンをあげよう


「聞きたいことがあるんです」
「なんでしょう?」
「さっき、上坂くんが言ってたこと」

 親父は返してもらう、みたいなことを言っていた。
 つまり今上坂シェフのいるあのイタリアンは―――

「ええ。オーナーは都の人間です」
「……色々と支障がない程度に話してもらっても?」
「ふふ、たしかに。顧客の――元顧客の情報になってしまいますからね」

 睦月さんの顔は晴れやかで、穏やかだ。
 相変わらず無表情だけど空気がやわらいでいるのがわかる。
 オフだから、私の前だからってだけじゃない。
 さっきの上坂くんとのやりとりで、本当にすっきりしたように見えた。

「上坂氏の店を閉めることを俺は止められなかった。でも上坂シェフの腕は確かです。もったいないと思った。だからシェフを探していたオーナーに少し助言をしたんです。…心当たりがあると」

 触れ合ったままの指は遊んでいる。
 ときおり前を通る車をぼんやり眺めながら、睦月さんは続けた。

「上坂氏には、息子さんには詳細を明かさないようにと」
「え?」
「外から見れば俺が引き抜きをすすめたことで店がつぶれたように見えるんです。それでいいと申し上げました」
「…だからあんな……」

 親の仇でも見るような目をして、歪んだ笑みを浮かべていた上坂くんを思い出す。
 憎まれるようなことをしましたと、直接伝えていた睦月さんも思い出す。

「なんでそんなことを?」
「怒りをぶつける対象って必要でしょう?」
「え?」

 訊き返す私に、睦月さんはなんてことないように言った。