メジャースプーンをあげよう


「伏見? 悪ふざけがすぎるぞ」
「はーい。邪魔者は退散するよ」

 その時、伏見さんはツンと私の手をひっぱった。
 スツールが高いので少しつんのめるようになって、すぐに気付いた睦月さんが手を伸ばす。でも伏見さんが抱きとめてくれたほうが早かった。

「おーっとごめんね?」

 全然悪びれる様子もなく、伏見さんはギュっと私をだきしめる。

「伏見!」

 怒ったような睦月さんが私を抱き寄せる直前、伏見さんがささやいた。

「……睦月のこと、よろしくね」
「えっ……」
「油断も隙もないなおまえは!」

 睦月さんは私を胸の中にしっかりと抱えている。

(……背中、かたい。ちゃんと鍛えてるのかな)
(いや、そうじゃなくて!)

「伏見さんあの今」
「睦月がそんな風に感情丸出しにするなんてホント珍しいよね」
「いいから早く仕事に戻れ」
「はーい。じゃあね、いつきちゃん」

 ひらひらと手を振りながら伏見さんは行ってしまった。
 …もしかしてあの人、睦月さんのこと大好きなんじゃ―――

「ったく…」

 耳元で長い息が吐かれて思考が停止した。
 そういえば抱きしめられるのも初めてだった。

「いつきさん、大丈夫でしたか?」

 しかもそのまま話し続けられると右耳に息が当たって、なんていうかほら。

(ヤバい…)

 耳が熱くなってくる。

「どこか変なところ触られたりしませんでした?」
「だだだ大丈夫です」

(今正直それどころじゃないから!)

「いつきさん? ……あ」

 クスッと小さく笑う声がして、すっかり熱くなった右耳にチュッと何かが触れる音。

(……はっ?)
(今睦月さん、何した)

「耳。弱いんですね」

 睦月さんはそう言いながら身体を少し離して、私の身体をくるりと回転させる。
 ようやく顔が見れた。