メジャースプーンをあげよう


(それに……それだけじゃない)
(この前のデートできっちり帰されたのがちょっと残念で、変に意識してましたとか)

 いろんなことがごちゃごちゃになっていて、確かに睦月さんへの態度もおかしくなってたかもしれない。
 でも私のせいで睦月さんが不安になったのなら、消したい。

(……でもやっぱ無理!)

「それは……ちょっと、今後の事とか考えたりして」

 結局、まったくの嘘でもない他の話を持ち出すことにした。

「今後のこと?」
「んー……なんというか、仕事のことでふと不安になったり…」
「……前職に戻るか考えたりしますか?」
「いえ! それはないです。って、あれ?私言いましたっけ」
「俺が今何の業界にいるのか忘れました?」
「……それもそうでしたね」

 広告代理店というのは、案外狭い世界だ。
 他社間コンペで競い合うこともあるし、引き抜きだって普通にある。
 コンプライアンス徹底をうたっていたって、人の口に戸はたてられない。

「優秀だったと聞きました。業界を辞めるには惜しい人材だと」 
「………」
「踏み入ったこと言うと……誤解は解けていましたよ」
「……そうですか」

 私が前の会社を辞めたのは、社内コンペの際アイデアを盗難したと指摘されたからだ。
 相手は隣のチームの先輩。もちろん身に覚えがなくてそう訴えたけど無駄だった。
 全部に疲れて、逃げてきた。

「……じゃあ私、1番カッコ悪いとこ知られちゃったんですね」
「格好悪くなんてないです。……よく頑張りました」

 睦月さんはそう言うと私の髪に手を伸ばす。
 指で髪先に触れると、さらさらと落ちる髪を楽しそうに撫で続けた。
 そしてようやく頭へと伸びてきた手が、撫でてくれ――――

「失礼致します」

 ―――ようとしたところで、さっきの店員が戻ってきた。
 もちろんふたり分のカクテルを携えて。