刑務所の外からは相変わらず蝉の鳴き声がうるさく聞こえてくる。今年の夏も暑くなるみたいだ。 晶の後ろに立つ馬場は二人に気を遣い距離を取っている。
「まず、あなたはボランティア仲間の被害者から勇気の犯行を知り、それをいさめるために更科家へ向かった。出迎えたのは勇気で、玄関に入った時点であなたは階段と廊下の血には気づいてたはず。不審に思いながらも勇気の部屋に案内されたところであなたは勇気に襲われた。しかし、合気道の有段者であるあなたに勇気は敢えなく倒されて凶器のナイフも取り上げられる。血のついたナイフの理由を問うあなたに返ってきた言葉は、例の卑劣な行為のことを親にとがめられて一家を殺害したということ。そして、一年前あたしも聞いた最低な行いと悪びれない返事だった。それを聞いたあなたは勇気を粛正した。その後、勇気の部屋を調査した結果、被害者の心を傷つけるような証拠品を多数発見。これらをすべて焼却するために放火を決断した」
 晶は優の背後にいる刑務官を意識しながら言葉に気をつけて話す。
「あたしも最初はあなたの自供通り一家の殺害がすべて同一人物の仕業、つまりあなただと勘違いしてた。でも、全く罪のないおじいちゃんやおばあちゃんをあなたが殺害するなんてちょっと考えられなかった。そこで、思いついたのが勇気が犯人だという説だった。この推理はどう?」
 優は何も答えずに黙って目を閉じている。
「当たらずしも遠からずって感じなのかな? じゃ、それは措いといて続きね。放火を決断したところで予期せぬことが起きた。探偵事務所の天野さんがやってきた。それだけではなく、同時刻に黒田も更科家に侵入していた。あなたは気づかれないように一階の様子をうかがっていた。しばらくして大きな物音がした後、黒田が家を逃げ去って行くのを確認すると一階に降りて天野さんや更科さん一家の遺体を発見する。あなたは天野さんが何者かを知ろうとしてバックを開いて調査資料をみつけ、天野さんが探偵だということを知る。同時に、調査資料の内容から探偵事務所や兄さんのこと、黒田のことなども知る。そこから天野さんを殺害した人物が黒田である可能性が高いと思ったあなたは凶器と資料を使い黒田を自ら粛正しようと考えた。そして、凶器と資料を回収したのち放火しようとしたが、天野さんの遺体だけは不憫に感じて勝手口の外まで引きずって外に出した。その後、被害者を傷つける例のモノを中心に灯油をかけて放火をした……」
 晶は優の反応を見るが相変わらず微動だにしない。
「反応無し、ね……」
 優の顔を見つめながら晶は再び話しだす。
「事件の日はそれ以上の動きはなく、次の日は普通に通学した。そこでまた思いもよらないことが起きる。生徒会仲間の真が事件の捜査をしていることを偶然落ちていたメモで知ってしまう。あなたは二人だけの時間をうまく作って捜査の内容をそれとなく真に聞いた。真が語った的外れな捜査を聞いて、何か重要なことを隠していると推測したあなたは、黒田を粛正しようとしていた計画を変更し、黒田を首謀者に仕立て上げる計画を考えた」
 晶は鹿島の様子をこまめにうかがう。
「ここからはちょっと飛躍した推理になるんだけど、あなたは黒田から聞いた丸武の電話番号に電話し、探偵事務所に呼び出した。呼び出す手口としては『黒田が探偵を使ってあなたの悪事を公表しようとしている』みたいな感じかな。黒田から更科家での出来事を聞いていたであろう丸武は、あなたが凶器や資料を回収している件を盾に脅せば、なんなく探偵事務所に誘い出すことができたはず。次に丸武を誘い出すと同時に今度は黒田を探偵事務所に誘い出すようにし向ける。呼び出す手口は『今夜某探偵事務所に、あなたを陥れようとした依頼者が現れる』とだけ言えばいい。黒田は凶器を押さえてるあなたの手の平でいくらでも転がすことができるしね。丸武を呼び出した時間と黒田を呼び出した時間を同時刻に設定した後、今度はあたしの兄さんに電話をかける。かけた理由は丸武と黒田が会ったときに起こるであろう事件に無関係の兄さんを巻き込みたくなかったから。兄さんが話してたように、あなたはうまく兄さんを探偵事務所から遠ざけて丸武と黒田を探偵事務所に鉢合わせにさせた。冷静な判断ができない黒田は丸武を殺害し、自分に不利な資料がまだこの事務所内にあると疑心暗鬼になり放火、事務所の外で待機していたあなたは黒田に電話をし、八雲駅のロッカー番号を教えて凶器と資料を黒田に回収させた。この推理、どう?」
 晶のセリフに優は目を開けて少し微笑む。
「手応え有りね。でね、ここからがまた分からなかったんだけど、黒田が探偵事務所で犯行を起こした時点でなぜあらかじめ警察を呼んでなかったのかという点。丸武と黒田が鉢合わせになる時刻から少しずらした時間に通報しとけばそこで黒田は逮捕されてあなたの計画は完遂されてたはず。もちろん自ら粛正するという点は達成できてないけどある程度は満足いく結果になってたと思う。敢えて黒田を泳がした理由は、ズバリ! 真が原因、でしょ?」
 問いかける晶に優は口を開く。
「話を続けて」
「むふ、またまた手応え有りかな? で、なぜ真が理由かというと、真が事件の調査にあたっているのを知り、真の推理力なら『自分を捕まえてくれる』と思ったから、でしょ?」
 優は否定も肯定もせず晶を見つめている。
「黒田を敢えて泳がせ、黒田を使って丸武を襲わせた女がいることを真に気づかせて、どこまで自分の存在に迫ってこれるかを試した。これは推測だけど、真が学校で落としてしまったメモを偶然拾って見たときに、あなたはすでに覚悟を決めてたんじゃないかな? 電気店でメモについて真に質問したときも、自分が勇気と同じ『sora』のメンバーと告げず捜査に協力しなかったのも真を試すためだという考え方もできる。真と買い物して屋上のベンチではなしたときも『事務所と言わず探偵事務所』と言ったのもワザとだと思う。あなたは真に捕まえてほしかった、特別な想いを抱いていた相手だからこそ……」
 晶のそのセリフに優は軽くため息をつく。
「付き合っている相手がいるとあなたが言ったのは当然嘘だし、『sora』の本部であたしたちだけに語った動機や理由も、真がいたからだと思う。真にだけは自分の正義を認めてもらいたかったはずから」
 晶はそこまで話すとしばらく沈黙する。優もずっと沈黙していたがおもむろに話を始める。
「大した女の子ね。あなたがいたから草加君も私のところまで辿りつけたのかもしれない」
「うん、あたしが居ないと無理だったとあたし自身も思う」
 晶はあっけらかんと言いのける。
「あなたは確か、探偵事務所の久宝さんの妹さんよね? 名前はなんていうの?」
「晶、久宝晶。この春無事、茶屋校に入学」
「晶ちゃんか。進学クラス?」
「入試一位」
 晶はニヤリと笑う。
「なるほど、今までの推理力は伊達じゃないみたいね。私は対する相手が悪かったのね」
 優は明言は避けるものの、事実上晶の推理に負けを認めた。晶も優の穏やかな表情からそれを察する。
「ねぇ晶ちゃん。一つ……、ううん。二つ質問していい?」
「どうぞ」
「草加君が事件に関わった本当の理由は何? それだけはいくら考えても分からないのよ」
「ああ、やっぱりそれきたか~」
 晶はやっぱりという表情をする。
「その様子だと晶ちゃん知ってるわね?」
「うん、でもこれは言えないかな。言っても信じてもらえそうもないし」
 優は訝しげな表情をする。面会時間の三十分が近づいたようで馬場が晶に指示を出す。
「あ、そろそろ時間ですね。手短に、もう一つの質問ってなんですか?」
「一年前もし、晶ちゃんが私と同じ立場だったらどうしてた?」
「最後にまた難しい質問ですね。う~ん、やっぱ、これもすぐに答えられないかな。複雑な事件だったし、巡り合わせみたいなものもあるし、人それぞれが背負っている正義もあると思うから」
「そうね」
 優は残念そうに納得する。
「今度、また面会に来ます。そのときまでには答えを出しときますからそれでいいですか?」
「ええ、楽しみにしとくわ。ありがとう」
「じゃ、あたしからも宿題を一つ。真が事件に関わった動機について、ヒントは『真が落としたメモ用紙』。あたしが今度来るまでに推理お願いします。鹿島さんだからこそ解ける動機かもしれませんよ」
 晶は笑顔で出題する。
「分かったわ。私も面白くなってきた」
 優は席を立ち上がり晶に微笑んでから部屋をゆっくりと後にする。 晶はその姿が見えなくなるまで笑顔で見送っていた――――


――五分後。
「なあ、アッちゃん。さっき鹿島君に話した推理、当たってたんだろ?」  
 馬場は帰りの車の中で晶に聞く。晶はさっきコンビニで買ったばかりのアイス『ハーゲンダッツバニラ味』を食べている。
「ん? 当たりまえじゃん。何よいまさら」
「いやな、アッちゃんの推理が本当なら、一家殺害の罪を問われることもないし、勇気君の件も正当防衛が成り立つ可能性もある。何でわざわざやってない罪まで被ったんだ?」
「おっちゃん、少しは頭使いなよ。使わないからハゲるんだよ、きっと」
「いやいや、ハゲは遺伝だってば」
 馬場は即座に否定する。
「いい? 仮におっちゃんの言うような主張を鹿島がしたとするよね? すると今度は勇気の犯罪を立証しなければならない。そして勇気の犯罪を立証するには証拠と被害者の親告が必要になる。そうなると傷つくのは女の子ということになる。勇気が既に死んで居ないのにわざわざ女の子を傷つけるような選択を鹿島がすると思う? それに、鹿島は勇気の犯した一家殺害の行為を敢えて被ることにより、勇気を殺した償いを勇気に対して背負っているんだと思う。アンタを殺すから代わりにアンタのやった一家殺害の件を被ってあげる、って感じでね」
 晶は外の景色を眺めながらアイスを口に運ぶ。
「なるほどな。しかし、それにしてもリスクが大きすぎる選択だな。普通じゃ考えられない」
「確かに普通じゃない。でも、だからこそ『ジャンヌダルク』と称されたんじゃないかな。本家の英雄と同じで若くて、強くて、輝いてて、それでいてはかなくて……」
 晶は食べるのを止めてボーっと外を見ている。
「やりきれない事件だったな」
 馬場は率直な意見を吐く。
「うん……」
 元気のない晶に馬場が語り始める。
「アッちゃん。アッちゃんは犯罪行為をどう思う?」
「えっ? なによ、急に」
「最低な行為だと思うか?」
「そりゃもちろん。被害者が出てる訳だし」
「その犯罪を犯した人を最低だと思うか?」
「うん、どんな理由があっても犯罪は犯罪だし」
「そうか、じゃあ鹿島君を最低だと思うか?」
「それは……」
 晶は言葉に詰まる。
「殺人が法律上定められた犯罪で倫理的にも良くないなんてことは常識で分かることだ。しかし、ある事実を突きつけられたとき犯罪者だから最低の人間と、表面上与えられた状況だけで安易に他人を判断するのではなく、そこに至るまでの人の想いや心は軽く扱えるものではないと俺は思う。鹿島君の犯した犯罪は紛れもなく悪いことだ。だが、犯罪イコールその人の人間性ではなく、その人なりの想いが偶然悲しい結末を導いただけなら、俺は責められないと思う。そこに正義があったらな」
 馬場は珍しく真面目に語る。
「うん」
 晶は笑顔でうなずく。
「これは俺の予感だが、鹿島君が出所したら、お前ら最強コンビを結成しそうだな」
「うん、あたしもそう思う」
「ははっ、俺は末恐ろしいよ……」
 苦笑いをする馬場に晶はキラースマイルを見せる。 いつか出てくるであろう優をずっと待つことを心に決め、晶は離れて行く刑務所を眺めていた。


(了)