事件解決から一週間後、真と晶は遥の墓参りに来ていた。今日は生徒会総会合があり、墓参りはそれが済んだ後になり霊園に着いた頃には夕方になっていた。
 優の起こした事件は連日ワイドショーを賑わし、反対に校内ではこの事件の話は禁句となっていた。生徒会内においても彼女の話は避けられ、今日の総会合でも急きょ空いた副会長のポストを啓介が担当し、監査役には聡美が就いた。真が今回の事件を解決に導いたのを啓介は知っているが、敢えて公言するつもりもないようだ。
 いつも目の前にいた元気な優がいない現実を受け止めながら、真はいつもと変わらない高校生活に戻ったことを実感していた。
 天野の墓を前にして手を合わせ、真は今回の事件の報告をする。
(天国から見てくれているかは分からないけど、天野さんの願いはちゃんと叶えましたよ)
 長い時間祈り、目を開ける。横を向くと晶がじーっとこっちを見ている。
「ん? どうかしたか?」
「ちょっと会わないうちに、少しは立ち直ったみたいじゃん」
 晶はからかうように言う。
「はからずしも晶が言っただろ。人一人ができることは少ないって。あれからいろいろ考えたけど、僕は僕の正義を背負ってできる限りのことはした。鹿島先輩には鹿島先輩の譲れない正義があったんだと思う。もちろん晶にも晶の正義がある。人を殺めるのは当然いけないことだけど、人それぞれ生きる芯みたいなものがあって、みんなそれに従って生きてる。よく分からないけど、自分を見失わず、自分らしく生きることが大切で、その中で自然に相手にできることは見つかるんじゃないかと思った」
 晶は黙って真の言葉に耳を傾ける。
「事件を解決することが僕の進むべき道だったし、これが天野さんや鹿島先輩にできうる最高の思いやりだったと思うことにしたんだ。自分のやってきたことを後悔したくはないし、間違ってるとは思いたくはないからな」
「真、一ついいこと教えてあげる。そういうのを世間では『自己中』というのよ」
 晶はニヤリとする。
「相変わらず歯に衣を着せない言いぶりだな」
「お世辞が嫌いなだけ。でも、人って結局自分の心を満たすために存在してるようなもんなんだから、それでいいんじゃない?」
「自己中でも?」
「そ、自己中でも。ただ、周りの人を大切に想う気持ちがそこには必要だけどね。理由は何であれ鹿島は人を殺害した。そのことは今もこれからも許せないことだけど、一人の女として見たとき彼女の生き様は、あだ名の通り『ジャンヌ・ダルク』だったのかもしれない。おっちゃんが言ってたけど、殺害は認めているけど動機は一切話さないって言ってたからね。それだけの強い気持ちで傷ついた女の子たちを守ろうとしてるんだからすごいと思う。放火の理由も被害者の女の子を脅迫していた写真や動画をすべて隠滅するためだったと思うしね。だから彼女はこれからも一生動機を話さないんじゃないかな。あのときあたしたちの前で話したのは、真への感謝の気持ちもあったんだと思うよ」
「かもな……」
 真と晶は遥の墓をしばらく見つめる。墓石に差した線香の煙が真っ直ぐ真上に昇っている。遥もこんな結末は予想してなかっただろう。
 ろうそくの火を消し、真はその場から立ち去ろうとする。そのとき背後から聞き慣れた声がしハッとした。
「真君……」
(この声は!)
 振り向くとそこにはスーツ姿の遥が立っている。真に取り憑いてたときとまったく同じ姿だ。
「天野さん!」
 真は晶がいるのも気にせず遥に話しかける。晶は突然何もないところに話しかける真に驚く。
「真君、ありがとう」
 遥は笑顔でお礼を言う。
「天野さんと約束したからね。守らないと男がすたるよ」
「とか言って、一度諦めたくせに」
「うっ、あれは、その……」
「いいのよ。分かってる。全部分かってるからいいよ」
「全部分かってるって、じゃあ」
「うん、ずっと後ろから見てた。晶ちゃんと事件を解いていくのも、いろんな危険を乗り越えてきたことも、鹿島さんとのことも……」
「そっか、天野さんは相変わらず人が悪いな。ずっと見守ってくれてたのか。じゃあ、もしかして、スプレー缶を落としたり黒田が転倒したのも天野さんが?」
「うん、あれは全部私。真君が触れたモノなら動かせるから、私のできる範囲で協力してた」
「そうなんだ、やっぱりな。いくらなんでもタイミング良すぎると思ってたんだ」
 晶は真が向き合っている何もない空間をじーっと観察している。
「真君を巻き込んだのは私だもの、真君を守るのは当然の義務よ」
「天野さん……」
「真君、今まで本当にありがとう。これで私も救われたし、妹も救われた。今度こそ本当のさよならだね。私が見えていない晶ちゃんにもありがとうって伝えておいて。最後にもう一度、妹の分までお礼を言うわ、ありがとう、そして、さよなら……」
「こちらこそありがとう、さようなら……」
 遥は笑顔でそう言うと空色にとけ込むように消えて行く。前の別れと違い今度は真も笑顔で見送る。何も見えない晶も、どんな言葉のやりとりをしたのかを真の表情から察する。
「これで事件は万事解決ってヤツ?」
「ああ、晶と天野さんのお陰だよ」
「その通り! けど、ま、真もよくやった方よ」
「はは、ありがとよ……」
 苦笑いしながら真は有難い謝辞受け取る。
「あっ、そういや忘れてたけど久宝さんは元気なのか? 今日一緒に墓参りに来る予定じゃなかったっけ?」
 真は思いついたように言う。
「兄さんがここに来てない理由の説明がいる? 真が想像できる範囲で予想してくれれば当たってるから、アホのことは気にしないでいいよ」
 晶は呆れた感じで言い切る。
(たぶん二日酔いだな)
「そんなことより、天野さん最後になんて言ってた?」
「ああ、僕と晶にありがとうって言ってたよ。妹さんも天国で感謝してるだろうってことも言ってた」
「へ?」
 晶はすっとんきょうな返事をする。
「ん? どした?」
「今、妹って言った?」
「ああ、言ったよ。妹に変わってありがとう、って天野さんが……」
「はぁ?」
 晶はまたおかしな返事をする。
「なんだよさっきから。変なこと言ってないだろ?」
「何言ってんの? おかしなこと言いまくりじゃん」
「どこが?」
「姉に変わって感謝してるの聞き間違いでしょ?」
「はあ? 姉じゃないよ。はっきり妹と言った。それに妹さんって昔事件に巻き込まれて亡くなってたんだろ?」
 晶はそれを聞いてまたしても目を丸くして『?』という顔をする。そして、反論せず一呼吸おいて真に切り出す。
「話をゆっくりまとめる。いい? 天野さんは二人姉妹で姉が遙さん、妹が薫さん、これはOK?」
「妹さんの名前は今知ったけど、姉妹なのはOK」
「で、姉の遙さんは二年前妹をかばい交通事故で亡くなって、妹の薫さんは今回の事件で刺殺された。これもOK?」
「えっ?ちょっと待て。姉の遙さんじゃなく、妹の薫さんが今回の事件の被害者なのか?」
「当たり前じゃん。真、薫さんから何を聞いたの?」
「えっ、ちょっと待ってくれ……」
(今回の事件の被害者が薫さんだって? 僕に取り憑いてたのが遙さんじゃないのか? その遙さんは二年前亡くなっていた? でも遙さんは事件現場のことも探偵事務所のことも久宝さんの競馬の負けも知ってたぞ? そして、消える前にしっかり二回『妹』と言った。だから姉の遙さんに間違いないはず。じゃあ……)
「真が見てた霊は、姉の遙さんだったけど。遙さんは真に対して被害者の薫さんを装ってたってことね」
「なんでそんなややこいしマネを。それにどこから遙さんは出てきたんだ? 殺害された薫さんが無念をはらしてほしいと僕に憑くのなら分かるが、二年前に亡くなった遙さんが僕に憑く理由がない」
 晶は腕組みをして「ふむ……」と少し考えてから言う。
「あたしは霊を直接見てないから信じてないし、推測になるけど。遙さんは薫さんの守護霊みたいな存在だったのかも」
「守護霊?」
「ほら、よく言うじゃん。先祖の霊が身の危険を知らせたり傍にいて守ってくれるって。薫さんが殺害されて、遙さんが霊的に動けなくなってるところに偶然真が現れて遙さんは取り憑いて依頼した。でも守護霊とか言っても動機に力がない。だから自分が殺害されたように装ったんじゃないかな?」
「……そう言えば」
 真は今までの遙の発言内容をよく思い出す。
(振り返ると、自分が刺されたとは一度も言ったことはなかったな。更科さんの調査資料の記憶があいまいだったのも、書いたのは自分ではなく妹の薫さんだったからか! 久宝さんのこともロッカーの暗証番号も、薫さんの守護霊としていつも見ていたから知っていたんだ! そして、何より……)
『私は人を騙すのが得意なのよ。だから探偵向きでしょ?』
「ふふっ、だからあのとき『探偵』じゃなく『探偵向き』と言ったのか! くくくっ!」
 真は自己解決したようにいきなり笑いだす。晶はビクッとなって真から離れる。
「ちょっ、真? 大丈夫?」
 晶は心配そうに聞く。
「あははは、いやいやいや、大丈夫大丈夫。そういうことか、完璧騙された! 晶の推測通り、遙さんは薫さんの守護霊だよ。間違いない」
「そうなの? なんか思い当たるフシがあるみたいだからそうだとは思うケドさ。いきなり笑いだしたからビックリしたじゃん!」
 晶はそう言ってブーたれている。
「悪い悪い」
 真は晶をたしなめながら、ため息を一つ付いて空を仰ぐ。鮮やかな夕日が天から注ぎ天野から感謝をされているように感じる。
(これで、本当に事件は解決だな)
 遥により完璧に騙された清々しさと、それを見て天国ニヤニヤしているであろう表情を想像しながら笑顔でその場を後にした。