「つまり、敢えて、先輩と仲の良い僕が状況証拠を押して自白を促せと、こういう訳か?」
「本来の望みはそうだけど、あたしが危惧しているのは、今日鹿島と会って捜査内容をバラしていないだろうかという点と、今あたしとおっちゃんが鹿島を捕まえようとしていることを聞いた真が鹿島に味方をしないか、なの」
 晶の包み隠さない言動を受け黙って目を閉じていた真だが、覚悟を決めたかのように口を開く。
「僕は、天野さんとの約束を果たすために今まで行動してきた。犯人が誰であろうと僕は事件を解決させるために全力を尽くす。それだけだ」
 力強く言い断言する真を見て、晶もニヤリとする。
「ふ~ん、やる気見せるじゃん」
「約束だからな。ちなみに捜査内容は全く話していない。で、仮に鹿島先輩を問い詰めるとし、今の材料だけで自供を誘うのは実際難しいだろう。何かの理由をつけて言い訳することは可能だからな」
「気持ちの整理がついてなかったとか、聞いた状況から、事務所=探偵事務所と考えるのは不自然ではない、とか言われたらそれまでだからね」
 晶はパフェをすべて食べ終えてスプーンを口に加えてだらしなくしている。
「また、カマをかけるしかないか?」
「かもしれない。でも相手は秀才鹿島でしょ? 黒田のときのようにうまくいくとは限らないよね」
「いや、電気店では天野さんの適当な話でなんとか乗り切った。何かネタがあれば可能だと思う。要は作戦次第」
「ふむ……」
 晶はスプーンをブラブラさせながら何かを考えている。
「あのさぁ。もっと原点に還って考えてみない?」
「原点?」
「鹿島が犯人だと仮定して、何で勇気を殺害したか、をね」
「勇気さん目当てが前提か。しかし、天野さんから聞いた状況や鹿島先輩と『sora』との繋がりを考えれば妥当か」
「真は何でだと思う?」
「実は二人は付き合ってて浮気した勇気さんを嫉妬から殺害。見られた家族も殺害、とか。この嫉妬説は永田さんも言ってたけどな」
「う~ん、鹿島が嫉妬から殺害するような性格だと思う? その上、罪のない家族まで殺害。性格上ありえない」
「だよな。今日話したとき、今付き合ってる人がいるとはっきり言ってたしな」
「鹿島の性格から殺害動機を逆推理すると、あたしと同じで鹿島は動機に正義がないと動かないタイプだと思うの。言い換えれば正義のためならどんなことだってするタイプ。私利私欲に走る黒田タイプなら対するのは楽だけど、正義で動くタイプだと長期戦になる可能性は高い。話を戻して、鹿島が勇気を殺害したと考えた場合、そこには必ず正義があったと思う。勇気が殺害されるような反社会的な行いをし、それを知った鹿島が自ら粛正した、って感じのね」
「しかし、そう考えると勇気さんが相当悪いことをしてない限り先輩は動かないだろう。それこそ重罪を犯している場合とかな」
「うん。あ、ちょっとたんま」
 晶は手を挙げてウェイターに二つ目のチョコパフェを頼む。
「前から思ってたけど、甘いモノよく食べるよな」
「真と違って頭を使ってるから脳に栄養が必要なの」
「あっそう、へぇ~」
 真は半分呆れ半分納得しながらアイスコーヒーを一口飲む。
「さっきの続きだけど、まず勇気さんが何か犯罪を起こしていたと仮定する。で、更科さんも談合絡みで犯罪者だ。しかし、他の家族はどうだろう? 犯罪者とはかけ離れていないだろうか?」
「後の家族はとばっちりを受けたと考えるしかないかも。一家全員が何かの犯罪に関わっていたなんて今からじゃ調べようもないし。一番重要なのは勇気がどんな犯罪を犯していたのかという点ね」
「永田さんから得た情報の女癖の悪さと、素行調査に何かあるかもしれないな。資料のコピーは昨日晶に渡したよな?」
「ここに」
 晶は資料をカバンから取り出しテーブルに置く。真は調査報告書の部分を開いてざっと目を通す。
「大学のサークル活動のときは問題なかったのかな? どう思う?」
「気になる? 聞いてみようか?」
 晶は簡単にそう答えると携帯電話を取り出す。
「聞くって誰に?」
「もちろんワトソン君に。ちょっとハゲてるけど」
(馬場さんか。早速裏付けに動いてるとは流石だな)
「もうそろそろ裏付け終わってる頃だと思うし電話してみる」
 晶は手際よく携帯を操作して電話をかける。真は資料を手に取りじーっと内容と向き合う。
「もしもし、おっちゃん? どうだった? えっ、ちょうど今バイト先の聞き込みが済んだとこ? じゃ大学は? 手がかり無し。で、バイト先は? うん、うん……、で? ふんふん。相手の身元は分からないよね? ま、当然か。おっちゃんはどう思う? なるほどね。素行調査の結果についてはあたしも疑問に思ってたし。でもその証言じゃ決定的じゃないよね? うん、分かった。こっちも何かあったら連絡する。じゃ」
 晶が電話を切ると同時にウェイターがパフェを持ってくる。持ってくるタイミングを計っていたようだ。
「馬場さんなんて言ってた?」
「大学は手がかり無しだけど、バイト先ではちょっとしたネタを掴めたみたい。予想通り女絡みでね」
 パフェをパクパク食べながら晶は話し続ける。
「マン喫の店長の話によると二週間くらい前、勇気のバイト中に勇気の知り合いの女性が現れた。で、店の外で話してくると言って二人で店の外に出て行った。その後、外から口論が聞こえてきて、それから女性の鳴き声に変わった。しばらくして勇気一人が店内に帰ってきたんだけど『ただの痴話喧嘩です』と言ってたらしい」
「永田さんの言うように、やはり勇気さんには女性のトラブルがあったってことか。その女性を突きとめることは可能なのか?」
「ちと難しいんじゃないかな。その女性がどこの誰だかも分からないんだし、勇気は勇気で女性との関係が多すぎてどこまでが友達で、どこまでがデキてるのかも分からない。前も言ったけど勇気が身内の『sora』本部・支部の女に手を出す可能性は低いと思う。しかも現在『sora』内の鹿島を疑っている中で、鹿島に気づかれず『sora』の女性メンバーに聞き込みを入れるなんてかなり無理がある。勇気と関わりのある女性をすべてを当たるのはもっと不可能だし」
「結局は、晶が最初に言ったように勇気さんの彼女探しが真相に迫る近道みたいだけど、現段階では攻めようがないってことだな」
「そゆこと」
 晶は話しながらなのにいつの間にかパフェをたいらげている。甘いものは別腹に入っているのだろうか。
「しかし、何の手がかりのない今の状態で、勇気さんの付き合っていた女性を探すのはホント雲を掴むような話だな」
「更科家が燃えてなければ家宅捜索してでも証拠を挙げれたんだけどね~」
 晶は最後に残していたイチゴをパクリと食べてテーブルに両肘をついて考えている。
「『sora』の掲示板に書かれてある、勇気さんを悼む書き込みをもう一度見てみるのはどうだろうか? 勇気さんを本当に慕っている女性の書き込み、または憎んでいる女性の書き込みって、隠してても文面に出ると思う。それに昨日の段階で表向き事件は解決したことになっている。何かまた違った書き込みがあるかもしれない」
「なるほど。そこは盲点だったかも。今なら違った見方もできるし、何か分かるかもしれない。早速調べてみよ」
 晶は約束通り真にレシートを押しつけて席を立つ。真は自分の飲んでいたコーヒーの二倍の値段がついているパフェの項目に悲しみを感じながら席を立った。