翌日、午前十時 。真は優との約束通り八雲駅の改札口の前で落ち合っていた。 事件の捜査も推理も行き詰まり、少し間を置こうという晶の提案もあり一昨日強引に約束させられた優との買い物につき合うことにしたのだ。
日曜日の午前中ということもあり駅の構内は人で溢れかえっている。
「鹿島先輩、まずどこに行きます?」
 優の私服姿に新鮮さを感じながら真は訊ねる。
「やっぱり前に気にかかった洋服店かな。あ、それと今日は先輩って呼ぶのは止めてね?」
「えっ、じゃあ何て呼べばいいんですか?」
「優、でいいよ。ジャンヌはダメだけど」
「先輩、実はジャンヌのあだ名、気にしてるんですね」
「ちょっとね。ま、当たらずとも遠からずだし、すっかり定着してるからもう諦めてるわ。それと、『先輩』じゃなくて『優』ね」
 優は念を押して言う。
「分かりました、優さん」
「さん付けもいいって。そのかわり草加君のことを真って呼ぶ」
「なんか呼び慣れないけど……、そうします」
「よろしくね。じゃ早速店に行こう」
 優はいつも通り仕切ってさっさと目的地へ歩き出す。
(相変わらず強引だな……)
 真は呼び方に戸惑いながら後を追った。優とのショッピングは真の予想とは反し、一般の女の子のように眺めて楽しむスタイルだった。
 真の予想では、欲しいものがあったら迷わず即決して買う、みたいなテキパキしたものを予想していたが、その想いに反してじっくりと商品を見てから結局買わずに次の商品に目を移すといった感じでのんびりショッピングを楽しんでいた。
 優の好みはカジュアルが中心なようで、お気に入りのキャップを見つけたときは、被ってみせて真の反応を何度も聞いていた。今の状況を聡美に見られでもしたら言い訳ができないだろう。
 一時間後、一通り衣類を見終えると二人はビルの屋上のベンチで休憩することにした。今日は天気も良く、ビルの屋上は子供たちが遊べるような遊具が揃っていて家族連れが子供相手に悪戦苦闘している。
「子供って無邪気で可愛いよね」
 優は遊具の周りを走り回っている三才くらいの子供を笑顔で見ている。
「あのくらいの時期の子供が一番可愛いってよく聞きますよね。僕たちにもあんな時期があったと思うと、なんか不思議な気持ちになりますね」
「うん。私なんてきっとオテンバだったと思うから親は大変だったと思う。真は逆に大人しかったんじゃない?」
「どうでしょうね。小さい頃なんで全然覚えてないんですよね。妹がオテンバなのは昔も今もはっきり分かってますけど」
「へえ、真には妹がいるんだ、初耳。私は一人っ子だから昔から可愛い妹が欲しかったんだ。羨ましい」
「羨ましいなんてとんでもない。妹の横暴ぶりにはいつも手を焼かされてますよ。妹は完璧に兄を兄と思ってませんね」
「そういうやり取りができること自体が羨ましいの。真は分かってないな~」
 優は普段学校では見せないような笑顔を真に見せる。真は最近まで優を異性として意識をしたことはなかったが、プライベートでよく話すようになってからは気になる存在にはなっていた。 今のような屈託のない笑顔をされると真も心が揺さぶられる。
「あの、鹿島先輩……」
「もう。優って呼ぶ約束でしょ?」
「あ、すいません。つい癖で」
「質問は何?」
「優は、今つき合っている人とかいます?」
 真は思い切って聞く。セリフに淀みはないが内心はドキドキしている。そんな真の気持ちとは裏腹に優はあっさり返事を返す。
「いるよ。あ、でもこれは内緒よ。聡美に知られたらまたうるさいしね」
(いるのか……)
 真は動揺を隠して話を合わす。
「もちろん内緒にしますよ。でも、つき合ってる人がいるのに僕なんかとショッピングしてて大丈夫なんですか?」
「うん、全然大丈夫。私のことを相手は信頼してるだろうし、私もその信頼を裏切るようなマネは絶対しないから。真こそ彼女とは大丈夫?」
「えっ? 僕は彼女なんていませんよ?」
「あら、隠さなくてもいいでしょ~、私は正直に告白したんだから真も正直に言いなよ」
 優はからかいながら肘でつついてくる。
「いや、本当にいませんから。隠す意味もないし」
「え? 本当にいないの?」
「はい、本当に」
「ってことは……」
 優は少し考えた後、小声で「聡美のヤツ」と呟く。