十分後、真と優は八雲駅前に立っている。駅前の大きなクリスタル製の時計台は九時半を表示している。その時計台は恋人たちの待ち合わせの場として有名で、八雲駅前はいつもカップルの巣となっていた。
「なんか、あの集団を見る度に殴りたくなるのは私だけ?」
「いえ、気持ちは分かりますよ。殴りたくなるのは同意しかねますけど」
「今の真君と鹿島さんもそのバカップルの一味と周りからは見られるということは言うまでもない」
(うるさいな~)
 背後でニヤニヤしながらからかう遥を真は睨む。
「草加君? どうかした?」
「いえ、何でもありません。じゃあ早速本屋に行きましょう」
「そうね、本屋はこっちよ」
 優はこの周辺には慣れてるようでさっさと歩き始める。優とつき合う男性がいたとしたら体力がかなり必要となるだろう。いろいろと想像しながらも真は離されないように早歩きで優に付いて行く。
 九時を回っているのにこれだけ賑わっている街は県内では珍しかったりする。八雲はどちらかと言えば田舎の部類に入り、果物や野菜の生産として有名となっていた。真は八雲駅周辺にはあまり来たことがなく、こんな時間まで開いている店の多さに内心ビックリしている。
 開いている店のほとんどがカラオケやゲームセンター、ファミレスや居酒屋で、若者やサラリーマンで賑わっている。目的の本屋は駅前から徒歩三分と聞いていたが、実際は一つの複合商業ビルの五階のフロアに有り、エスカレーターを使って店に着くまで結局五分はかかった。
 店の入り口にはネオン管で派手に『Books Comet』(ブックスコメット)と飾られ、本屋というよりまるでアメリカンカフェのような趣だ。きっと若者ウケするように作られたに違いない。
「ずいぶん派手な本屋ね。中に入るのがためらわれるわ」
 優も同じ印象を受けたらしい。若者ならともかく、社会人や年輩の方にはとても入りづらい雰囲気をしている。
「ここで話しててもなんだし、とりあえず中に入ってみましょ」
 真を気にすることもなく優はさっさと店内へと入って行く。その様子を見て遥が小声で話しかけてくる。
「鹿島さんって素敵な人ね。そう思わない? 真君」
「人がたくさんいるところで話しかけてこないで下さいよ。ところでどうするんですか? もう時間がないですよ?」
「そうね、まず鹿島さんに断ってトイレに行くフリをして。話はそれからね」
「了解」
 真は小声で返事をすると店内に入る。店内に入るとまず目を引くのが置いてある本の数と本棚だ。県立系図書館の広さと変わらないくらいのスペースを書籍で使っていて、そのすべての本棚はスケルトンプラスチック仕様となっており奥の方まで透けて見える。万引き防止にも一役買いそう感じだ。
 そして、その本棚はすべて円を描くように配置してあり独創性が光っている。もちろんこれも死角を無くすなどの万引き防止策の一つなのだろう。
「しかし、これだけ多いと先輩の居場所が分からないな」
 真は入り口付近の週刊誌コーナーで立ち止まってキョロキョロする。店内の中心にはカフェらしき物が見えるが見慣れた制服姿はない。
「ホラー小説のコーナーに行ってみたら?」
 遥がまた耳元で囁き、その行為に慣れていない為ビクっとなる。助言通りにホラー小説コーナーにたどり着くと、黒い表紙の本を物色している優を見つける。
「鹿島先輩、ちょっとトイレ行ってきますから待っててくれますか?」
「ん? あ、ごめんごめん、探すのに熱中してた。じゃあお互い探す物があるみたいだから、十時にカフェに集合ってことにしない? それからちょっとお茶しよっか」
「分かりました、じゃあ十時にカフェで」
「うん、またね」
 優はそう言うとまた黒い本の背表紙をなぞりだす。その姿から相当のホラー好きだと理解できる。断りを入れると真は早歩きでそのまま店を出る。そして、すぐに携帯電話を取り出し時間を確認して天野に話しかける。
「とりあえず時間はできた。事務所に急がないと、もう二十分を切ってる」
「大丈夫、慌てないで。まずこのままビルを出て、すぐ右の通りに行って」
 真は指示を聞きながらエスカレーターを走って降りる。幸いエスカレーターを使っている人は少なくすぐにビルの外に出られる。
「右の通りだったっけ?」
「そ、右よ。通りに出てしばらく道なりに進んだら『赤キャベツ』というお好み焼き屋があるから、その二階が事務所よ」
「分かった」
 携帯をポケットにしまうとダッシュで右の通りに出る。通りの上には『ナツメ通り』という大きな看板が立てかけられている。ナツメ通りは飲食店が多く、かなりの人で賑わっていたが真は構わず走って赤キャベツという看板は探す。
 マックや吉牛といった有名ファスト店から老舗ラーメン屋の姉妹店までが立ち並ぶ中、赤キャベツはもうとっくに閉めているようだ。
「ここの二階だよね?」
「ええ」
 何かを暗示させるように二階の久宝探偵事務所の電気は消えている。
「ねえ、天野さん。やばい予感、する?」
「ちょっと、ね……」
「でも行くしかない、か。行こう!」
 真は事務所に向かう階段を緊張しながら上った。