「このビルって、いつ来ても気持ちいいわね」
「当たり前でしょう、何てったってあのB.C. square TOKYOよ」
「そうよね、天下のあのビルですものね」

『あの』とは何を指すのだろう? 抽象的過ぎて全く分からない。
小鳥は首を傾げながらも雑巾で便器を丁寧に拭く。

「たかが掃除、されど掃除! 便器だろうと舐めるが如く徹底的に!」

もし小鳥の背後に誰か居たら、そのあまりの真剣さに、ヒッと背筋が凍り、使用していなくても「汚してごめんなさい」と頭を下げ脱兎の如く走り去っただろう。誰もいなかったのが不幸中の幸いだ。

代わりに隣の個室から、ジャジャーと水の流れる音がし、ガチャッ、バタン、と擬音が続き、「バッカじゃないの!」と吐き捨てるような女性の声がトイレ内に響く。

「何が『あの』よ。掃除をしてくれる人がいるから綺麗なんじゃない! でしょう、小鳥ちゃん」