息を整え、ドアを開けて、夫の名前を呼ぶ。返事がない。もう1度呼ぶ。

……しんっと静まりかえった家は物音一つしなかった。

冷え切ったフローリングが足の裏に尖った刺激を与える。 明かりが1つもつかない廊下を一歩ずつ進んだ。
震える手でリビングのドアノブを回す。

夫は昼食後にここのでうたた寝することが好きだ。ゆっくり、夫の特別席へ視線を移す。それはひっそりと使用者を待ち続けていた。
廊下の最奥には書斎がある。本好きな夫は暇さえあれば入り浸っていた。見れば、人は1人もいない。

家中の部屋を回り、探したが、夫が見つかることはなかった。

しかし、私はまだ、町中全てを探し回っていない。

急いで玄関のサンダルをつっかけて表へと出る。すると、ふわり、身体が浮かび上がった。 空に身をまかせそのまま上へ、上へと向かう。

とうとう町中を見下ろせる高さまで到達した。
初めての経験だからだろうか、気持ちも上昇に合わせて高ぶっていく。

豆粒の住宅地見えた頃、ふと、手足を動かすことを試みた。上昇する身体は止めることが出来ないようだけれども、目の前や後ろ、左右には自由に動けるみたいだ。

見上げると、晴天の中心に太陽があった。 厳かに輝き続けるその場所に、無性に行きたくな
る。

あそこへ行けば、探している夫に会えるだろ
う。しかし、もう、元の場所には戻れない。そう直感する。
……その根拠は私に必要ではなかった。信じられるものが真実なのだから。

両手、両足をバタバタはためかせて、上を目指し始めた。