「 ん〜、まぁいいか。取り敢えず今日は何弾くかな…………。あれ、準備室空いてる。珍し 」
やばいっ、近付いてくる。お願い、気づかれないように!
足音が物凄く近くまで来て、ドアノブに手をかけられた音がした。
私は恥ずかしいからバレたくありません! 神様! お願い! まだ私には心の準備が出来てないの!
「 あら、九条くん 〜 。今日もピアノの練習? 熱心ね 」
「 あ、野口先生。 んな事ないっすよ〜、ピアノが好きなだけなんで 」
女の先生の声と同時に、そのドアノブはガチャリと閉まった音がした。
彼の声が、遠のいて行く。
少し、その感覚が寂しくなったのは気のせいであろうか。
暫くすると、綺麗な音色が奏でられ始めた。
教室中、いや別館中に広がっているであろう、この綺麗な音色を聴くと曇った気持ちが、スッと光が差したように段々と穏やかな気持ちになった。
この時。私は既に、彼のピアノに惚れ込んでいることに気づいた。
いや、ちがう。そんな綺麗な音色を奏でる彼のことが気になっている事は自分でも不思議なぐらい感じていた。

