鼻がむずむずする。
誰かの叫ぶ声が聞こえる…気がする。

徐々に意識が戻っていく。
瑠夏は目を開けた。そこには…
紺色のジャケットに身を包んでいる好青年が私の顔を覗き込んでいた。

「こんにちは、お嬢さん」

…え?なになにこの人、カッコつけ?顔はイケメンだけど…

瑠夏は慌てて身体を起こした。辺り一面、見渡す限りの草原が広がっている。

「ほょ?えーっとー…あの…」
ぼーっとし過ぎて変な声が出てしまった。
「あぁ、これは失礼。僕は、こちらの世界のアレンダーナ王国の最高司令官、ミンク・ターナーと申します。瑠夏様にはまだ何の説明もしていないですし、何もわからないと思います…宝箱…でも、一刻も早く貴方に来て頂きたいのです!どうかよろしくお願い致します。」
はぁ?今、地味に宝箱って言ったよね??
えーとちょっと待てよ…アレンダーナ王国?
瑠夏は頭の中を自慢の国語力で整理していた。
「うーん、まだよくわかんないけどさ、つまり、ちゃちゃっとまとめると、色々と事情があって、私にすぐ来て欲しいってことだよね?」

言ってから気がついた。

……はっ…!この人はなんちゃらの最高司令官…って偉い人?ヤバい、タメ口きいちゃヤバいよね…ヤバいヤバいヤバい…!
「あっ…ご、ごめんなさいっ!!その…タメ口きいてしまって…で…えっと…」
彼はきょとんとした顔をしていた。
「え?いえいえ、そんなタメ口だなんて…瑠夏様は大切なお方なのです。お願いします!ここは、もう一つの世界です。来て頂けませんか?」

もう一つの世界…ここが?
ってか…瑠夏様って何よ?
私は……大切…?

おかしなことに、瑠夏の唇は動いていた。
「はい。行きます!」
ありゃ?私なんで行きますって言ったんだろ……え、ちょっとまって、じゃあ今から向こうの世界とやらに行くってこと!?
あ、ここがそうなの!?

そう気付いた時にはもう遅かった。

バサッ……

その音にハッとして顔を上げたら……
ミンクさんの背中から、さっきまで無かったはずの純白の翼が生えていた。
「瑠夏様、私と手を合わせて頂けませんか?」
瑠夏は頷き、手を差し出していた…
ミンクさんと瑠夏の手が触れた瞬間ー

背中に違和感を覚えた。恐る恐る手を当てると…明らかに洋服ではない質感の物があった。
な、なにこれっ!?
瑠夏はめまいがした。

「瑠夏様、あなたは薄紫色の翼です。あぁ、青とピンクと白が混ざって綺麗なグラデーションになっていますね。僕は白。こちらの世界の魔法使いには、その人の能力に沿った色の翼が化身として付いています。瑠夏様の翼には沢山の色があるので、恐らく複数の能力がありますね」
風が吹き、私の翼が美しく揺れる。

「へ、へぇー。翼?実感わかないな…」
「まぁ最初は実感わかないのは仕方ないと思います。瑠夏様の能力が何なのか、楽しみですね。早く知りたいです」
そう言ってミンクさんは微笑んだ。
「は、はい!そうですね」

さっきまで吹いていた風が、更に強くなってきた。
ミンクさんはゆっくりと顔を上げ、空を見上げた。
「そろそろ迎えが来ますね。瑠夏様、この地に忘れ物など無いようにお気をつけて。」
「あ、はい…いや何も持って来てないので」
「それならよかった。では行きましょう、僕達の国へ!さあ!」
ミンクさんは叫び、パチンと指を鳴らした。
ひときわ強い風がヒュウッと音を鳴らした。吹き飛ばされそうだ。
「きゃぁぁぁ!!」
瑠夏は目をつむり、顔を腕で覆って足をなんとか地面に着けていた。
風が少し弱くなった。
「お支えします。どうぞお乗りになって下さい」
ミンクさんの声が聞こえて目を開けると、そこには子供の頃映画で見た事がある、ペルシャ絨毯が地面から1メートル位離れて宙に浮いていた。
「は、はい…!」
戸惑いながらも瑠夏はその絨毯に乗った。瑠夏の後にミンクさんが続く。
ミンクさんと私が絨毯に座ると、絨毯が勝手に動き出した。だんだんと高度が上がっていく。
「しっかり掴まっていて下さいね。落ちたら大怪我をしますから!あはは」
そう言ってミンクさんは笑った。
瑠夏は下を覗いた。
絨毯は物凄い速さで移動している。

いや笑うとこじゃないでしょ…超怖いんですけど、ミンクさん!
ってかこれ時速何キロなのかな…後で聞こ

ふっと背中に手をやると、さっき付いていた翼が消えていた。
「あれ?翼が無い…取れちゃった?」
「あぁ、その翼、普通の人は私と手を合わせていないと、姿を消してしまうんです。翼は生きていますから」
「はぁ…。」
「で、瑠夏様が魔法を使えるようになると、空を飛びたい時に自由に操ることが出来ます」
「へぇ…?」

魔法。

初めての響きに、瑠夏は戸惑った。
魔法……?

「あの、魔法、って…」
「あぁ、言い忘れていましたが…この世界は魔法の世界なんです。皆、魔法を使う能力を生まれつき持っています。まぁ普通の人なら1つですが、瑠夏様や私など、普通ではない人は複数持っている人もいます」

「は、はぁ…。。」
「初めは訳がわからなくて当然です。まあその能力を開花させるには沢山のトレーニングが必要ですが…」

「そうですか…」

「そうこうしているうちに城が見えてきましたよ、瑠夏様。降りる準備を」
「わかりました!」
返事をしてから気がついた。

…城、なんだ…
初めてかも。少し楽しみだなぁ…

絨毯の高度が下がっていく。
地面が近くなる。
下ばっかり見ていた瑠夏は、目の前にそびえたっている物の存在に気づかなかった。
絨毯が地面から数十センチ離れて止まり、ずっと強くふいていた風も弱くなった。
「瑠夏様。降りて下さい」
瑠夏はミンクさんに支えてもらいながら地面へ飛び降りた。
ふと顔を上げると…
瑠夏の目に飛び込んできたのは、大きく美しい城。漆黒の門に、雪の様に白い壁。そして門の向こう側に見えるのは、大理石で作られた噴水。夢ではないかと疑うほどに美しい光景だった。
花壇に掛かっている大きな布には、「アレンダーナ王国」と描かれていた。
「ふわぁぁぁ……すごい…」
その時だった。
ギギギ…ギギ……ギー………
辺りに凄まじい轟音が響き、瑠夏は耳を塞いだ。前を見ると、あの威厳のある門が、ゆっくりと開いていった。