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健ちゃんに手を引かれながら私は静かな長い廊下を走り抜け、バスケ部の部室へと来ていた。

何も話さない健ちゃん…。

やっぱり、怒ってるよね?

自分の彼女が他の男に抱きしめられてたんだもん。

しかも…相手は……桐生。

私がもっとしっかりしておけば、あんな事にならなかったのに。

そう思いながらも私は………。

桐生に…ドキドキなんてしてはいけなかったのに。

健ちゃんの事を好きにならなければいけないのに。

私はぎゅっとスカートの裾を握りしめた。

「ほんと、神崎は危ないね。」

「…え?」

「なかなか神崎も桐生も移動教室に来ないから、もしかしたらって思ったら……案の定って感じ。」

ハハ…と乾いた笑い方をした健ちゃん。

「嫌な思いをさせて、ごめんなさい…。まさか、桐生が教室にいるなんて思ってなかったの。忘れ物を取ってすぐに教室を出ようとしたんだけど…。」

そう言った後、なんだか私は必死に言い訳をしている気持ちになった。

あの時、私は桐生に久しぶりに話しかけられて嬉しかったんだ。

しかも、ドキドキしてしまって…

まだ桐生の事が好きなんだと思い知らされた。

「もう…何も言わなくていいよ、神崎。」

眉を下げ少しだけ口角を上げて笑った健ちゃんのその笑顔は、いつものお日様のような笑顔では無かった。

…私が健ちゃんのあの素敵な笑顔を奪ってしまっているんだ。

ーーーこのままで本当にいいの?

健ちゃんに甘えてていいの?

私は急に罪悪感にとらわれ始めた。

このままじゃ私は健ちゃんを傷つけてしまう。

これ以上、大好きな健ちゃんを傷つけたくない。傷つけちゃいけない。

ーーー離れなきゃ。

私なんて健ちゃんの側にいる資格ない。

「…健ちゃんっ。」

私が勇気を振り絞って別れを切り出そうとしたら、大きな手が伸びてきて口元を塞がれた。

「俺、大丈夫だから。もっと神崎に好きになってもらえるように頑張るから。
だから……。」

健ちゃんが口元に手を当てたまま、私にコツン…と額を合わせ「まだ言わないで」と弱々しく言った。

すぐ目の前にある健ちゃんの苦しそうな顔。

そんな顔をしている健ちゃんに別れを告げることは私にはどうしても出来なくて、コクンと頭を縦に振る。

「ありがとう。」

そう言った健ちゃんはホッとしたように笑って私をじっと見つめてきた。

視線が絡み合って逸らす事が出来ないでいると、健ちゃんのもう片方の手が私の腰に当てられる。



そしてーーー



チュ…



小さなリップ音が鳴る。

健ちゃんは私の口元に手を当てたままキスをした。

「今はこれで我慢するよ。俺のこと、好きになってくれたとき、ここにキスさせて。」

健ちゃんが私の口元から手を離し、そっと親指で唇をなぞる。

私に向けられている視線に愛おしさがたくさん詰まっているのが伝わってくる。

健ちゃんの想いに縛られた私は、またコクンと頭を縦に振った。