窓から見える景色は

春を告げる色が並ぶ


すぐ下の道路をまっすぐ行き

土手にあがる階段を登れば

濃淡の違う桃色の桜並木が長く続く


雪を被っていた山は緑に色づき

空は青く晴れ渡り

太陽が西に歩んでいる



いつもなら綺麗に見えるはずなのに

今は靄がかかったように

白く霞んで見えてしまう




その理由は


この場所にある




この窓は病室の窓

つまりここは病院で私は入院中なのだ


気分はもちろんあがるはずも無く

早くここから出て家に帰りたい


おじいさんのいる

あの大きな桜の木の立つ家に




「家の桜が早く見たいわねぇ…」


誰にも聞こえない小さな声で囁くと

返ってこないはずだった返答があった



「あと一日の辛抱だよ、おばあさん」



聞き慣れたおじいさんの声

優しく包むように話すのは昔から変わらない



「それでも早く帰りたいじゃない」



振り向くとカーテンの開いている所に

おじいさんが鞄を持って立っていた



「今日もあの子が来ていたよ」



『あの子』とは

近くの小学生に今年から通い始めた

家の桜を見に来る男の子のこと




「今日はランドセルを背負ったまま来ていたなぁ」


「まぁ…!早く会いたいわねぇ」



私はランドセルを背負ったあの子を

想像してみた



自分の子でもないのに

感慨深い気持ちになった



「やっぱり早く帰りたいわ」



私がそう言うと

おじいさんはクスクスと笑っていた


そして、さっきと同じように

「もう少し我慢だよ」と言った




私は二週間ほど前から入院していた


その前は病院に何回も足を運び

検査をして薬を貰い

家では絶対安静の生活を送っていた



「そう言えば、おばあさんの言っていた女の子は見つかったんですか」



おじいさんの言う『女の子』とは

入院して出会った女の子



「それが実はね…その子亡くなっていたんですよ」



これは私とあの子の出会いと別れの話