「それであのステージ…?」

「え?なんかやらかしてた!?」

「違うよ。まぁある意味、やらかしてたかもしれないけど」


え?え?え?
そんなの、倉田さん達は何も言ってなかったのに。

私が尾瀬くんに掴みかかるほどの勢いで彼に詰め寄ったので、「ちょ、ちょっと」って距離を取られる。


「え、何した?私、何した!?」

「…皆が息を飲む程の、綺麗な声出してたよ。今までに見たことないくらい落ち着いた様子で」

「…へ?」


私がぽかんと口を開けたのを気にせず尾瀬くんは続ける。


「正直、始まる前はエントランスに人が流れてたんだけど。萩原さんが歌い始めたら、どっと皆が戻ってきてね。何人もの人が、落ちたって顔してたよ」


萩原さんの声に。

熱い感情を乗せるわけでもなく、さらりとそう言ってのけた。
そのあっさり加減が、逆にその言葉たちを際立たせていて、私は未だ信じられないというように口を開けているままだった。


「ちょっと、自分の話してもいい?」

「あ、あぁはい」


駅から住宅街を通って、学校まではもう少しある。
右に曲がって、左に曲がって。

私はふわふわした気持ちで、尾瀬くんに返事をした。


「俺が、弁護士を目指してるって言ったの覚えてる?」

「もちろん覚えてるよ」

「俺の父親が、弁護士なんだ。家でもたくさんの資料に囲まれながら仕事してるんだけど」

「うん」

「勝つための糸口が見つかった時、ふっと顔が緩む瞬間があって。全然、全く違うのは分かるんだけど、ライブ中に音がはまった時の萩原さんの表情がそれに似てる気がして、かっこいいなぁって思った」