やけにその言葉を強調する彼に疑問しか浮かばないけど、そんな二人を、丸谷さんと佐々木さんはニコニコしながら見ていた。
その表情からして、他の二人も何が起こるのかは把握しているようだ。
なんだ、私だけが知らないのか。

もやもやしながら三人に目を向けたけど、教えてくれる優しい人が誰一人としているわけはなく。
自分からこの話を始めたくせに、さっさと別の話題に乗り換えていった倉田さんを、恨めしい目で見つめるのが精一杯だった。


打ち合わせが終わってホールを出ると、エントランスのカウンターに、先ほど見た時にはいなかった男性が立っていた。
こちらに気付いて、「おつかれ」って声を掛けてくれる。

渋いおじさまって感じだけど、何歳なのかはいまいち掴めない。
口元の髭は全然不潔な感じがしなくて、それはこの人の顔立ちと雰囲気がそうさせているんだと感じた。
若い頃は相当モテたに違いない。十代の小娘にこんなこと、思われたくないだろうけど。

このライブハウスのスタッフさんなんだろうか。
男性の着ている黒のTシャツの胸元には、表の外壁に掛かっていた看板と同じ字体で、“Live House CROSS”と書かれていた。

私とも目が合って、もう一度「おつかれ」って声を掛けてくれる。
優しく笑いかけてくれたので、少し照れながら頭を軽く下げた。

そんなやり取りを黙って見ていた倉田さんが、嫌そうだけどちょっと笑っているような、そんな良く分からない表情を私に向ける。


「これ、親父」

「…え!」

「俺の親父。そんで、ここのオーナー」

「え!!」


カウンターの男性が、ニコッといたずらな笑顔を見せた。
倉田さんはそれを見て、わざとらしく「おえっ」と言った。

なるほど、納得できる遺伝子だ。
この綺麗な顔は、お父様から受け継いだのか…。


「どうぞよろしくお願いします」と改めて頭を下げると、男性も同じように「こちらこそ」って頭を下げてくれた。

丸谷さんと佐々木さんはその様子を笑っていて、倉田さんは複雑そうな表情を浮かべながらこちらを見ていた。