「今日もありがとうね、尾瀬くん」

「こちらこそ楽しませてもらったよ、ありがとう」


路上ライブを毎週木曜日に行うようになって1ヶ月が経った。
肌を刺すような寒さの日が続いているけど、私はかじかむ手でギターを握っている。

決めた曜日の同じ時間にこの場所に来ることで、毎回足を止めて聞いてくれる人が何人か出来た。

尾瀬くんは毎週予備校の後に来てくれて、20分程のライブを最初から最後まで聞いてくれる。
何も言わないけど、たぶん木曜日だけ、早く勉強を切り上げて来てくれてるんだと思う。
19時頃なんて、まだまだ予備校では授業のある時間帯だ。


「今日も寒かったねぇ」


そう声を掛けながら、ギターをケースに仕舞う。
ライブ後は彼と同じ駅から帰るようにしていた。


「女性の歌、歌うようになったの?」

「うん、色んなジャンルを模索しようと思って。この曲に自分の声が合うんだって、新しい発見がいっぱいある」


尾瀬くんは深緑のマフラーに顔をうずめながら微笑んだ。
寒さのせいなのか、その鼻の先はちょっとだけ赤く染まっている。

私は足元を見回して、忘れ物がないかの確認をした。


「最近楽しそうだね。充実してる?」

「うん、とっても。誰かさんのおかげだねぇ」

「へぇ、誰だろ」


とぼけたように尋ねてきたので、あなたですよって目線を送ると、満足したように駅に向かって歩き出した。

その背中をあったかい気持ちで追う。
背負ったギターケースが、歩くたびにガサガサと音を立てる。

尾瀬くんとは冗談なんか言い合って、気の合う友人のような関係になっていた。
こうして話してると、とても心地がよい。