それは、油断も隙も無いこの生活に慣れかけると同時に飽きかけてきたある日のことだった。

「功一、あんた、高校行きなさいよ」

 え?

「電車で3駅。悪くはないと思うな、偏差値も中ぐらいなんだけどね」

 驚いた。
 高校?俺が?

 もっと驚いたことがある。もう引きずる様な音じゃない、高い声。いつ以来だろう、久しぶりにねーちゃんの声、きれいな声、聞いたんじゃないかな。
 でも。

「そんな余裕ないだろ」
「ある」

 嘘。
 どこにあるってんだ。ここ1年、ねーちゃんは会社員になったけどろくに贅沢もしてこなかった。そんな余裕がないと思ってた。

 だけどどうやら、違ったらしい。
「貯金、してたんだ」
 笑顔を見せるねーちゃんに、俺は言葉を失った。

 どうやら、俺が気付かないのをいいことに、ねーちゃんは黙ってずっとお金を貯めていたらしい。今の生活なら、俺が高校に入っても金が底をつくことはないということだ。

 しかし、中卒後働く道しか見えていなかった俺は、サボりがちになっていた勉強を再開させるのにかなり苦労した。

 とは言えやるしかないと、当たって砕ける勢いで受験対策に励んだ俺は、見事高校に受かり、無事…でもないけれど高校生として、人生のリスタートを切ったのだ。