「ねーちゃん、飯」
 階段の上に向かって叫んだ。予想通り、返事は無い。

 高校に入ってからもうすぐ2年が経つが、授業についていくのが大変らしく、毎晩決まって勉強している。
 これが、聞こえていないのかと思ってもう2、3度叫ぶと、うるさい、なんて逆に叫ばれる。

 要は面倒な性格をしているんだ。

 仕方ない、先に食べ始めるか。

 味気無い飯。野菜は焦げ付いているのに、肉はほんのり赤い部分が残っている。

 母さんは料理が下手だ。ねーちゃんはもっと下手。父さんは仕事以外全滅だし、俺に至っては仕事すらも出来ないという始末だ。何だか、ヘタレの山みたいな家だな。

 ため息をこぼしながら、肉を温め直そうとガスコンロに向かう。

 火を点ける時、俺は未だに顔を歪ませてしまう。小さい時に、手にひどい火傷を負ったことがあるのだ。ゆらゆらとマイペースな赤や青の炎がまた、いつ襲いかかるとも予測できない。

 階段を下ってくる音がした。

「うわっ、なんで功一が料理してんの?」

 顔出すなり出た台詞がそれか。まあそうだよね、俺のねーちゃんだから。サラッと流そ、サラッと。
「料理っていうか、肉生焼けだったんだよ。よくあるっちゃよくある話だけど」

 よくあっちゃダメだろ、そうは言っても今更だ。母さんの料理の腕は元々ああだから。

「うそ、私のも焼いといてよ」
「えー、じゃあねーちゃんが後焼いてよ。火使うのだって嫌なんだよ、俺。だいたい、なんでまだガスコンロなんだよ、うちは。他は皆IHだっていうのに…」
「知らないわよ、そんなの」

 結局俺が全部焼き直した。

「母さん達、遅くね?」
 テレビのリモコンを取り、電源のボタンを押す。やっているのはニュース番組だった。

『…ことが期待されます。…次のニュースです。

 今日未明、××市王時商店街の近くで人が血を流して倒れている、との通報がありました。被害者の男性は、太股をナイフで刺されていた他、顔等に殴られた形跡が見られましたが、命に別状は無いとのことです。

 えー被害者の男性によりますと、犯人は自転車に乗って、上下共黒い服を身に付けていたとのことです。

 警察は、使われた凶器等から、この犯人が通り魔事件の犯人と同一人物である可能性が高いと見て、近隣の住民に注意を促すと共に、引続き全力をあげて犯人を捜索するとのことです。
 次です。…』

「通り魔ねぇ…ブームはかなり前に去ったはずなのにね」

 通り魔事件…今年に入ってからこの近くで相次いでいるのだが、その被害の様子や凶器、目撃情報から、警察は犯人は同一人物である可能性が高いと見て捜索を続けている。

 全く物騒な世の中だ。

 とは言えそんなの、他人事だと思ってた。

「ねぇ、王時商店街って結構近くない?お母さんとお父さん、大丈夫かな」
 ねーちゃんが少し不安そうに言った。この人の心配性は、間違い無く母さん譲りだ。たまにだけど、ちょっと鬱陶しくなる。

「大丈夫でしょ。流石に」

「何を根拠に大丈夫って決めつけてんの?ここまでくると、他人事じゃないじゃん」
 それはそうだけど。大丈夫でしょ。