恋人は魔王様

パチリ、と、どこか遠くで指が鳴った、気がした。



「俺も甘くなったな~♪」

なんて、鼻歌交じりの楽しそうな声が耳に煩い。

……え?

私が涙と鼻水でずるずるの顔をようやく上げると、そこは昨日見たばかりの魔王様のプライベートルームになっていた。

そう、あのどこぞの王宮の一室を思わせるような豪奢なお部屋。

「ユリア、いくら恋人でもその顔はちょっと」

差し出されたティッシュで慌てて顔を拭く。
泣きすぎて、頭が痛かった。

くすくすと、まるで楽しいコントでも見たあとのように、キョウが笑っていた。

「で、いったいどうしてあんなに謝ったワケ?」

心底楽しそうに聞いてくる。

「ど、どうしてって。
あの場から解放して欲しかったからに決まってるじゃないっ」

私は慌てて言う。

「あの場って。
まるでどっか遠くにでも居たかのような。変な言い方をするね。
さっきからずっとここに居るのに」

……ここ?

私は首を傾げる。
嘘だ。
空気の重さも、密度も、何もかも違う。

塗りつぶされたようなあの漆黒の暗闇が、ここだったなんて。

「まだ、何もしてないのに号泣するんだもん。
変なヤツ」

キョウはまんざら冗談でもなさそうに首を捻っていた。

「あのね。
私みたいなナイーブな人間に、あの暗闇は恐怖以外の何者でもないの。
前後左右、なにもかも分からなくなって、耳鳴りまで聞こえてきて。
壊れちゃうかと思ったんだからっ」

一息にまくしたて、私は頬を膨らませる。

「へぇ?そうなんだ」

キョウはほんの一瞬目を丸くして驚いた、ように見えた。
目を丸くしたいのはこっちのほうだ。


……キョウの「お仕置き」ってなんなんだろう……

この場合、私から聞きだすのも憚られて、ぐっと下唇を噛んだ。

聞いたが最後、とんでもないことが始まってはたまらない。