「ちょっと、放してよ」

私は声を荒げる。
日曜の昼間、行きかう人は多いけれど、痴話喧嘩だと思っているらしく、足を止めて助けてくれそうな人はいない。

「放すわけないだろう」

苛々した口調で桧垣が言った。

「何で?」

「大人しくホテルに着いてくりゃいーのに」

「は?
ばっかじゃない。
そんな女居るはずないでしょう?」

すっと、桧垣の目が細くなる。
ぞくっとするほど、嫌な瞳だ。

「ばかはおめーだろ。
そんな女、履いて捨てるほどいるんだよ」

「だったら手っ取り早くそういう女誘えばいいでしょう?
私は断ってるんだから放してよ」

「残念でした」

まるでクイズ番組の司会者みたいに軽い口調でそう言う。

「放すわけないじゃん。
早乙女とヤらねーと意味ねーんだから」

「は?
あんた、頭沸いてるんじゃない?」

私はわざと強気で言葉を吐いてみるが、内心とてつもなく焦っていた。
桧垣の握力はとても強くて、私なんかでは簡単に引き剥がせない。

どうしよう、
どうしよう、どうしよう。

脳裏に、キョウの顔が過ぎる。
甘い眼差し、優しいキス。
アレは決して暴力なんかじゃなかった。
私を支配しようとはしなかった。

「放せって言ってるでしょっ」

「うっせーなー、てめーに権限はねーの。
俺がヤるって言ったらヤるし、俺が死ねって言ったら死ぬんだよ」

唇が近づく。

私は渾身の力で桧垣を突き飛ばした。