僕はノートを一度閉じ、今までの物語を思い出していた。
 
夢の中で女の子が男の子に話してくれたイルカのエピソードは、男の子を勇気付けるための話だったんだ。

それが本当の話かどうかはわからないけど、それを聞いた男の子は同じような場面に遭遇し、イルカと同じように大切な人のためにがんばろうと心に決めた。
 
ここでノートは終わっていたけれど、これからきっと男の子はイルカがその芸を上達させたように、大縄を跳べるようになるんだろう。
 


僕は、部屋の天井をぼんやりと見上げた。


頭に浮かんだのは、森下さんの顔。
 
物語の中のイルカや男の子は、飼育員さんや先生のために一生懸命がんばろうとしていた。


僕は今、森下さんのためにがんばって絵を描いている。そのことは確かだ。
 



……でも、絵本の男の子やイルカとはなにかが違う。
 
彼やあのイルカは、『苦手なこと』をがんばると決めた。

僕が今がんばっているの は『得意なこと』だ。


サッカーから逃げるための言い訳として絵を描いているのだ。
 

それでいいじゃないかと思う自分もいるけれど、それで心に引っかかりを感じているのも事実だ。
 


近い存在だと思っていた男の子は、僕にとって遠い存在になっていた。

僕は自分で描いたイルカの絵を手に取って眺めた。
 
イルカは綺麗な海の中で悠々と泳いでいる。
 



僕は、このイルカのように泳ぐ自分を、想像することができなかった。